日記

政党政治を進めるために

民主党からの離党者がでるたびに残念になる。確かに今の党の評価は良くない。しかし離党という行動には賛成しかねる。離党者の多くが「民主党は変わった」という。「新自由主義の政党になった」という人もいる。本当にそうだろうか?仮に変わったとするなら政権につくということは、そういうことだと思う。
信じられないかもしれないが、昭和初期の日本にも二大政党時代があった。あの大日本帝国憲法の時代だ。満州へ触手を伸ばすファシズムが台頭しかけていた。民政党と政友会は、総選挙のたびに政権を交代していた。互いに保守政党でありながら外交や金融という基本政策が真逆であった。例えば民政党は満州からの撤退、ロンドン軍縮条約賛成、金本位制維持、政友会が政権を取れば満州事変容認、金本位制離脱となる。これでは国内外が交代するたびに混乱することは目に見えている。次第次第に軍部官僚は内閣での影響力を強め、これに政治家の汚職が加わり、5.15事件、2.26事件のクーデターを誘発し、わが国は取り返しのつかない戦争へ足を踏み入れて行くことになる。政治が混乱すればするほど官僚は力を持ち、官僚政治にとって変わられることになる。
福沢諭吉の時代からわが国はイギリスのような二大政党制の政党政治を思考してきた。実現したのは先の民友党と政友会の時代と2009年の政権交代しかない。先の時代は、真逆のことを主張し合うという一見議論し合う政党政治のように見えるが、政党の自慰的行動から抜け出せず日本を危機に導いていった。
民主主義国家における政権交代可能な政党政治とは、国民が許容する範囲内で政策の違いを主張し合うことだと思う。お互いが政権与党を経験することで、政策が振れ合う振幅の幅が狭くなるのは当然のことであり、そうならなければ国民生活が混乱することになる。
政権交代前、民主党は、新自由主義の小泉政権の流れを持つ自民党政権に対し、社会民主主義的な政策で国民に選択肢を提示した。政権与党となり様々な理由で、マニフェストどおりの政策が実行できないことがはっきりした。社会民主主義的政策からの修正は止むを得ない。
今民主党はそんな位置に立っていると思う。そして今一番やってはならないことが、国民が政権を選択できる政党政治を壊すこと。壊せば再び国民に選択権のない官僚政治にもどる。政権選択という行動をしなければ国民の国政に対する責任感も希薄になる。国民の意思表示が奪われた中で軍部官僚が国を破滅へ導いた記憶がよみがえる。
離党の行動は政党政治を前には進めない。苦しくても民主党を育てることが今一番必要なことだ。

— iPhoneから送信

2012-11-20 | Posted in 日記No Comments » 
Comment





Comment