日記

ふるさと納税処分で、名ばかり地方分権が露呈。

 国の言うことを聞かない自治体がついに処分されました。泉佐野市など全国で4自治体です。ふるさと納税の返礼品を巡って総務省の再三の自粛要請に従わなかった。よってふるさと納税の優遇措置を受けられなくする、ということです。処分ではないと反論されそうですが、やっぱりお仕置きでしょう。仲間はずれという「いじめ」にも近い。
 子どもたちの会話です。ある子が「氷がとけたら何になる?」と問題をだします。ある子は「水になるよ」と答える。別な子は「春になる」と答えます。横で聞いていた大人はほのぼのとした気持ちになったりします。
 これが学校だったらどうでしょう。理科の授業中だったら「水になる」が正解でしょうし、国語の授業であれば「春になる」が感性豊かで良いね、となったりします。自由討議中だったら両方正解ですよ。「理科の質問です」と言わずに質問した先生が、「春になる」と答えた子を「それは間違い」と怒鳴りつけ、教室から追い出した、今回の処分はそんな感じがします。
 返礼品が豪華である。返礼品が地元産品ではない。など批判が相次ぎました。でもそもそも最初から返礼品競争を煽る制度だった。もっと言えば競争が激化しなければこの制度は今のように全国に広がるはずがなかったのです。
 ふるさと納税と「納税」という言葉を使っていますが、ふるさと納税は税金ではありません。「金品を贈る」という寄付行為です。「贈る」とは感謝、愛情、支援などの気持ちを表す際に金品を与えること。ですから、ふるさと納税は本来見返りを前提にした制度であってはならなかったはずです。これまでどおり寄付控除の対象くらいで良かった。しかしそれでは国民に広がるはずがないわけです。誰が考えてもわかりきっていたことです。しかし知恵者がいて見返りの返礼品を制度に組み込んだのです。そして手続きを簡素化した。手数料目的でふるさと納税を仲介する業者まで現れ、劇的に制度が広がります。関心がなかった自治体まで我も我もとこぞって制度を利用するようになる。豪華返礼品競争は起きるべくして起きたのです。
 ではもともと「ふるさと納税」とはどんな制度か。
 「この町」に住んでいる「ふるさと君」が「あの村」に3万円のふるさと納税をすることにしました。するとあの村から、14500円相当の返礼品が送られてきました。返礼品はあの村の特産品ではありません。でもふるさと君は知りません。ふるさと君は所得税20%適用のサラリーマンです。ふるさと君とこの町、あの村の損得勘定はどうなるでしょう。

まず、ふるさと君。
 ふるさと納税額は2000円(ふるさと納税下限額)を超えないと優遇措置を受けられないので、ふるさと君は国から、(3万円−2000円)×20%=5600円の所得税が還付されます。そして、この町では28000円(3万円−2000円)−5600円=22400円が住民税から控除されます。ふるさと君は、3万円のふるさと納税の結果、5600円+22400円+14500円(あの村からの返礼品)=42500円相当の利益を得ました。つまり12500円の儲けです。
 
あの村、はどうでしょう。
 ふるさと君からの3万円のふるさと納税は、あの村の地方交付税基準財政収入額算入外の収入ですから、3万円まるまる収入となります。返礼品の送付や選定等の事務料が3千円かかったとします。あの村は地元産品が無いので隣町から14500円相当の返礼品を購入しました。あの村の利益は、3万円−(14500円+3千円)=12500円の儲けとなります。

この町は、どうでしょう。この町は大きな企業も無く税額は豊かではありません。ふるさと君から入る予定だった住民税22400円がなくなるのは痛い。しかし、ふるさと納税はこの町のような自治体のために、税収減を交付税で補填することにしています。ですから22400円×75%(100%−交付税留保財源25%)=16800円が国から補填されます。ですから、この町の損失は22400円−16800円=5600円です。
※交付税をもらっていない裕福な自治体、例えば東京都などは、補填は受けられませんので、納税額まるまるが減収となります。でも東京のような裕福自治体は圧倒的少数なので、反対は黙殺されます。

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 ふるさと君に対し公共サービスを提供している。言い換えればお金をかけているあの町だけが損をします。ふるさと納税制度が、税の応益原則に反するといわれるのはこのためです。
 またふるさと君とあの村の関係も損得の算盤勘定の上になり立ちます。
 3万円のふるさと納税での返礼品の額の幅は、2千円より高額で(ふるさと納税下限額の2千円以下ではふるさと君が損をします)、納税額3万円から3千円の返礼品事務手数料を引いた27000円より安い、つまり2000円<返礼品<27000円の不等式が成り立ちます。返礼品事務手数料が同じと仮定すれば、この不等式の範囲内でふるさと君は納税自治体を選び、あの村は不等式の範囲内で他自治体と返礼品競争を強いられる。これがふるさと納税制度の実態です。もともとこういう制度だった。泉佐野市などは、この制度を最大限活用し収入を上げていた訳です。寄付という非資本主義的行為を税制度の特例と返礼品を組み合わせることによって、見事に資本主義制度に変えてしまった。
 おかしな制度をつくっておいて自治体間競争を煽り、批判が増えたから今度は、また法律をつくって自治体を脅す。国と自治体は対等平等のはず。しかし実態は国の言うまま命ずるまま。名ばかり地方分権を見せつけた「ふるさと納税騒動」でした。
 この制度、そのうちまた問題が起きます。規制をかけても規制の枠内で返礼品競争は激化するでしょう。自治体間の格差は広がり、不満は蓄積します。さらに規制をかければ消費者にとって魅力はなくなり、納税額は激減するでしょう。
 いずれにしてもいっときの夢の宴。そんな制度に付き合うよりもっと他のことにお金や人や知恵を使った方が良いに決まってます。

2019-05-16 | Posted in 日記No Comments » 

 

奈良県で初の立憲議席が誕生しました。

 自治体選挙後半戦お疲れ様でした。フェイスブックなどでは次々と当選がアップされましたね。皆さんおめでとうございます。
 さて県連代表である奈良県です。前回、大阪からの維新風に晒されたこと、県議選公認5人を全員落選させてしまったこと報告しました。後半戦は生駒市議選に一人公認候補を出して戦いました。定数24を35人で争う大激戦の選挙でした。
 結果無事当選です。ほっと胸を撫でろしました。ありがとうございます。
 当選した上村京子さんは僕と同じ福岡県出身。生駒市に41年間住んで、4人の子どもを育てあげ、地元サッカークラブの代表や障がい者保護者会代表などのボランティア活動を熱心に頑張ってきた方。年齢はぼくより上ですが、そのバイタリティや旺盛なやる気、好奇心には驚きます。
 とにかく奈良県に立憲の根が一つできました。良かった。

「西風にもがき晒され根一つ」 
 生駒市民のほとんどは大阪通勤者。当然大阪から維新という風を連れてきます。維新という春疾風が吹き荒れた地方選挙でした。

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 選挙戦が終わった夜。生駒の空に満月が浮かんでいました。それまでの大音量の戦いがどこか違った世界だったような、そんな夜でした。

「戦場(いくさば)はしんとしてふわり春満月」

2019-04-23 | Posted in 日記1 Comment » 

 

軽減税率導入に必要な財源は1.1兆円。これって増税分の2割分。

 統一自治体選挙前半戦が終わり、今週月曜日に久しぶり東京に戻りました。先月末に奈良県に入り、奈良市、生駒市、天理市、生駒郡をずーっと街頭演説で一週間まわっていました。しかし結果は公認の5人の県議候補全員を落選させてしまい、意気消沈での帰京です。しかし奈良は寒かった。先月末から今月初めにかけて、気候は全国的に冬に逆戻りだったようですが、それでも奈良は本当に寒かった。底冷えとはこんな寒さのことだろうと痛感しました。もちろん奈良の寒さに驚いたのは、この時が初めてではなかったのでウインドブレーカーと半袖のヒートテックシャツを一枚持って行ったのですが、それではとても防ぎ切れない寒さでした。
 さて今回も前回に続き代表質問要旨の続き。

 消費増税による消費落ち込みの緩和策の一つが、国民を混乱せしめ、税収そのものの減収につながるとんでもない愚策の軽減税率です。導入に必要な財源は1.1兆円。2%の増税分の税収が約5.7兆円ですから、その2割が消えることになります。
 財源1.1兆円のうち、6000億円を、昨年度改正した「個人所得課税」等の見直しで捻出するとしています。
 昨年行った「個人所得課税の見直し」は、高所得者の給与所得控除や基礎控除などの適用を制限するという、所得再分配機能の回復を図る観点から行われたものです。財務省が先日示したように、財源1.1兆円のうち、約3千億円が高所得層へ振り向けられることが明らかになっています。軽減税率は、高所得層ほど恩恵が大きいのは明白です。軽減税率財源に、所得再分配機能の回復のために行った個人所得課税の見直しで得た財源を充てることは、高所得者から徴収した税金の多くを高所得者に還元することになります。これで国民の納得が得られるとは思えません。
 税制を通じた格差是正を実現するのであれば、金融所得課税の強化に早急に着手すべきでした。それにも関わらず、与党内で進められた検討は、早々に見送られました。株への投資意欲を下げ、アベノミクスに影響を与えるという理由からでしょうか。だとすればこれもアベノミクスの悪影響と言わざるを得ません。
 金融所得課税は分離課税であるため、株式を多く保有する富裕層ほど所得税負担が低下します。主要国と比較しても我が国の金融所得課税制度が厳しいとは到底言えません。所得再分配機能を回復し、格差を是正するためにも税率の引き上げを検討すべきです。

2019-04-10 | Posted in 日記No Comments » 

 

アベノミクスは「経済成長偽装」。

 皆さんこんにちは。久しぶりにブログを書いています。今年に入り、党務等で忙しくブログから疎遠になってしまっています。
 さて今月、3月8日、国税の改正法案の質疑で本会議登壇し、安倍総理に代表質問しました。その要旨をかいつまんで報告します。まず最初は、アベノミクスは経済成長偽装だ!の巻です。

 「税は民主主義」という安倍総理。しかし、国民が納税するのは憲法上の義務だけでなく、税を納めることでお互いを支え合い、生活する上での様々な行政サービスを享受できるからであり、そこには前提として、政治、行政に対する信頼があるからと言える。その信頼が安倍政権にあるか。財務省の公文書改ざんから、統計のデータ不正など政治の信頼を貶める理由は枚挙に遑がない。しかし、ここで取り上げるのは安倍政権最大の売りであるアベノミクスの経済効果についてだ。
 まずはアベノミクスの6年間の現実を見たい。
 我が国の名目GDPは、ドルベースで、安倍政権発足後の2013年から減少に転じ、2017年で4860億ドルまで落ち込んだ。これはアベノミクス発動前の2012年の6201億ドルに遠く及ばず、リーマンショック後の2009年の5233億ドルさえ下回っている。主要国一人当たり名目GDPの順位も、安倍政権になって、それまで11位だったものが、19位に落ち、2017年は20位になってしまった。成功しているはずのアベノミクスのもとでなぜこういったことが起きるのか?
 円ベースでは上がっている、などといったはぐらかす回答は、さらに国民の信頼をなくすことになる。

 ドルベースでGDPが減少することは、国力が毀損していることにほかならない。もっと言えば、唯一のアベノミクス効果と言ってよい「円安」がなければ円ベースでも今のようにGDPは上がっていない。しかも「円安」は、日銀のバランスシートを崩壊させるかもしれない異次元の量的緩和やマイナス金利政策で生み出された一時的現象である。

 さて、政府は毎年、「中長期の経済財政に関する試算」を公表し、アベノミクスの効果が着実に発現した場合の「成長実現ケース」、それほど上手くいかなかった場合の「ベースラインケース」の2つの成長率を試算している。確認するが、2013年からの6年間はアベノミクス効果による景気拡張期だったはず。
 アベノミクス発動の翌年の2014年7月発表の同「試算」では、2018年は、「成長実現ケース」で実質成長率2.1%、名目成長率3.5%、「ベースラインケース」で実質1.2%、名目1.7%になるとしていた。ところがどうだ。2018年実績見込みは実質、名目ともになんと0.9%ではないか。
 「成長実現」どころか、「ベースライン」さえ大きく下回ってしまっているのが実態だ。
 6年間で実際の成長率が試算を上回ったのは、2017年のみ。それもベースラインケースをわずかに上回っただけである。政府はこのことを深刻に受け止めなければならない。
 これでは多くの国民がアベノミクス効果を実感できないのは当然だろう。あまりに非現実的な想定を堂堂と押し付けるから、統計不正が起きたのではないか。試算に間違いがないのであれば、アベノミクスの効果は現れていないと認め、これまでの発言を撤回すべきだ。

 アベノミクスの6年間は対外的には国力を弱め、国内的には日銀を使った株高の演出とそれに伴う円安で似非好景気を装うものの何もでもない。まさしくこれは安倍政権による「経済成長偽装」である。安倍総理、あなたの政策で国力をこれ以上貶め、国内に貧困と格差を広げるのはすぐに止めていただきたい。そしてアベノミクスの失敗を国民に謝罪し、その責任を取るべきである。

・・・といった内容でした。

補足
 円高は自動車や電器などに代表される輸出企業にとっては好ましくない。しかし輸出企業ではない多くの国内企業、もちろん国民にとっても円高は決して悪いことではない。自国の通貨価値が高い方が良いに決まっている。しかしアベノミクスの柱の一つが為替を円安に向かわせ維持すること。石油などの資源や原材料などの輸入価格が上がることでの物価高演出も目論んでいるのだろうが、輸出大企業に儲けさせ、その利益を国内消費にまわさせることが大目標であった。しかし儲かった企業はそうはせず、内部留保に積み上げ、空前の額に膨れ上がっている。
 自国政府の自国通貨安誘導政策で割りを食っているのは輸出とは無関係の企業と国民なのだ。また自国通貨が安くなるということで、本文で述べたようにドルベース、つまり国と国の関係ではGDPがアベノミクスの6年間で1400億$ほど落ち込んだ。円にすれば17兆円弱。なんと巨額な。この額は円安だけで説明はつかないと思うが、政府はこのことには触れず、国民は円で生活しているから円ベースではGDPは過去最高と言う。そんな実感、庶民には全くない。
 さてアベノミクスの柱には、他に株式市場に介入することで株高を維持するというものと、市場にお金を振りまくことで設備投資、不動産投資等を活発化させることがある。前者は官製相場と言われるもので、国が市場に関わり続けることは不可能、実体経済が伴っていない(ドルベースのGDPが落ちている)以上、株価は必ず下がる。異次元の金融緩和も結局は日銀の金庫に円が積み上がるばかりで市中の円は、都市部の不動産投資に回るくらいで他に大きな影響は与えていない。むしろ異次元の量的緩和は、国債の利率を下方にとどめ置くためにとられているのではと疑いたくなる。円安は円の力が弱いこと、国の信用力低下であり、普通なら円建ての国債の利率は上昇せざるを得ない。利率がちょっと上がっただけで国の負担は跳ね上がる。国は多くの国債を保有する日銀に金利を払はなければならない。アベノミクスはタコが自分の足を食って栄養としているようなもので、自分の足を食べて栄養とした分、また足を再生し続ければ良いが、足を食う方が多かったら、タコは死んでしまう。そんな危険なとこに追い込んで、歴史上一番長い好景気と煽っているアベノミクスは、「経済成長偽装」といわれても仕方がない。

2019-03-22 | Posted in 日記No Comments » 

 

明けましておめでとうございます。

 皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 正月は柳川で過ごすことができました。昨年、母が他界し、子どもも忙しくて帰郷できなかったため、連れ合いと二人だけの正月でした。
 さて、今年は情けないほどの失態から始まりました。元旦、役場時代からの友人の突然の不幸の報が入ります。まだ現職。本当にびっくりしました。とにかく葬儀に参列。といっても喪服とする背広等々の衣服はすべて東京に置いています。あれこれ探しだし何とか体裁は整いました。あとは香典(ちなみに本人参加の場合は寄付行為に当たりません)です。急いで書いて参列し、ご家族のご厚意で特別焼香もさせていただきました。
 葬儀から帰ると今度は、友人で市議会議員のお父さんのご不幸の報が入ります。葬儀には参列できないため通夜には何とかしたいと支度をすませます。そして香典の支度です。
 筆をとって、「御香典」と書こうとすると、連れ合いが「普通、御霊前か御仏前じゃないの?」「そう?。さっきは水引封筒が入っていたビニール袋の裏面に御香典と書いてあったから、そうしたんだけど」「ん!」とここで気付きます。さっきは「香典」ではなく「香伝」と書いたような。「典」を「伝」と間違った!
 なんで「伝」と書いたのか。なぜでしょう。連れ合いから「情けない」とバカにされ、穴があったら入りたい気持ちとはこのこと。でももう取り返しがつきません。まさか「取り替える」訳にもいきません。「ああ、正月早々大失態です」。情けない。しかしなぜ間違ったのでしょう。なぜ気づかなかったのでしょう。急いでいたから?そうだ「歳のせいか」と今年63歳になる自らの年齢のせいにして気を紛らすのでした。

 皆さんに年賀状を送り挨拶をさせていただくことはできませんので、今年の文面でご挨拶。

 謹んで新春のお慶びを申し上げます。
 出来は悪いが、仕上がりは速いことを「拙速」。
 一時のがれ、その場しのぎを「姑息」。
 原則がないことを「無原則」。もちろん安倍政権のことです。
 昨年臨時国会で久しぶりに議場登壇し、「拙速、姑息、無原則。こんな国会運営に唯々諾々と従うのか」と与党議員に喧嘩を売るような演説をしてしまいました。でも衆議院議長が異例の小言を言うくらいですから、本当に異常なほど尋常じゃない今の国会です。
 最近、半世紀前の記憶が結構しっかりしているのに驚きますが、当たり前です、もう12歳だったんですから。歳をとったんです。テレビ映像が記憶に焼きついている東大安田講堂攻防戦は、50年前の今月のこと。あんな凄いことをやってた。それにしちゃこの50年で私たちも随分優しくなったなったものだと思います。
 大学紛争を潰しに動く当時の宰相が佐藤栄作。言うまでもなく、安倍総理の大叔父。なんとなく因縁めいたものを感じます。
 牙を抜かれ続けた半世紀を反省し、猪のような牙でもって権力と向き合う年にしたいと決意する2019年初春です。
 今年もよろしくお願いします。

2019-01-04 | Posted in 日記No Comments »