2021-03-08

風立ちぬ№4 「懸念が現実に」

 NHKの人事を批判していたら、心配していたことが起きてしまった。籾井新会長の発言は、橋下市長の発言以上に問題といえる。ジャーナリズムには、国民の知る権利の保障、表現の自由、権力との対峙といった普遍的な価値観が求められる。そうやって世界のジャーナリズムは進化してきた。英国のBBCに代表される公共放送も同じだ。むしろ世界に情報発信する公共放送だからこそ、なおさらなのである。NHK会長発言は日本を代表する人の発言と言っても過言ではあるまい。
 そのBBCでさえ、サッチャー政権時代に、経営委員11人中10人が首相によって承認され、政権側の圧力で放送が中止させられた苦い経験を持つ。
 NHK経営委員会はBBCのそれをモデルにしている。相次ぐ不祥事で信頼回復が急務だったNHKは、経営委員会機能を強化し、会長の人事権も持つようになる。その経営委員に安倍総理に価値観も歴史観も近い4人が加わり、12人中5人が安倍ファミリーとなった。目的はサッチャー政権と同じ、公共放送への圧力であることは誰にでもわかるし、狙いの次期会長人事も思惑通りと思われても仕方がない。
 なぜ籾井氏に絞られたかは、これからの国会論戦で徐々に明らかになっていくだろう。問題は、会長の資格要件である「政治的中立」「人格高潔」を自ら否定した籾井会長、その人事を企てた安倍政権の存続を国民が認めるかどうかだ。さっそく素直な人々の意思が問われることになった。

・・・2014年1月27日に書いた原稿。2日前の25日に籾井新NHK会長の就任記者会見があり物議を醸す発言が飛び出した。以来何回も籾井さんとは総務委員会で議論をすることになる。籾井さんはその在任時代常に公共放送の政治的中立性や見識を問われ続けた会長だった。だが安倍政権のNHK介入としては会長人事よりもむしろ2013年10月の経営委員会人事の方が問題だったと思う。作家の百田尚樹さんや哲学者の長谷川三千子さんは安倍総理待望論を堂々と発言する筋金入りの「右より保守」であり、特に百田さんの方は籾井さんとは比較にならないほどの過激な発言を再三行っていた。また批判されたキャスター人事や報道内容の変更等の確信犯は官邸、特に当時の菅官房長官との近さを疑われていたNHK理事であったのではないか。むしろ籾井会長は自ら退任の折にこの理事を更迭する人事を行ったように思う。籾井さんはいろいろ話題は豊富だったが、今思えばそれほど官邸と近かったとは思えないのだ。
 先日、2021年度NHK予算の説明の席で前田現NHK会長にキャスター人事について質問してみた。またぞろ官邸忖度人事ではないかとの報道があったからだ。前田会長はきっぱりと「私はそういうことは絶対にしない」と言い切った。さてどうだろう。公共放送と政治権力との関係は永遠の課題である。英国でも争いは絶えない。イギリスとアルゼンチンが戦争にまで発展したフォークランド紛争で、あのサッチャー首相が現地からの戦争報道を続けるBBCに「報道を控えるように」と圧力をかけた。国民の厭戦意識が高まることを懸念してだ。政権からすれば「国益を損なう」という訳である。
 当時のイアン・トレサワンBBC会長は「イギリスのような民主主義とアルゼンチンのような独裁体制の違いの一つとして、われわれ国民が真実を聞くことを希望するならば、たとえどのように不愉快であろうと真実を聞くことができることである」(「イギリスにおける放送の公平性ーーサッチャー政権とBBCからの一考察ーー」水野道子名古屋大学大学院国際言語文化研究科)として報道を続けたという。その国の公共放送のあり方は国民の意識と関係が深いと思う。素直な国民が良いとばかりは言えない。民主主義は「素直」では守れないのだ。

2021-03-08 | Posted in 日記No Comments »