2013-06

政党政治は崩壊寸前。首相問責の真相。

想定の範囲だが、今朝の新聞は昨日の首相問責と法案不成立を野党、特に民主党の責任にする論評が目に付く。率直に言って、自民に「まんまとしてやられた」感が強い。しかしこれで安倍政権を肯定してしまっては、参議選の結果しだいでは、おそらく次の3年あまりの間にまっとうな政党政治は崩壊する危険性を感じざるを得ない。
ことの発端は政権交代前の当時の野田総理と安倍総裁の公開討論から始まる。当時の野田総理は解散の約束として、税と社会保障の一体改革、区割り法案だけではない抜本的な選挙制度改革をこの通常国会で実施することを提案。これを安倍総裁は飲んだ。そこで解散となったわけだが、選挙で大勝利し政権についた自民党は、このことを忘れたかのように、選挙制度、社会保障について本気で議論する姿勢は全く見せなかった。これはどんなに第3者的にみても自民が悪い。
通常であれば、与党は法案を成立させるべき立場。しかしねじれに苦慮して辞めざるを得なかった安倍総理は、「勝利確実な参議選を経て、ねじれ解消状態の秋以降に与党主導ですべて決着させる」と思っているだろう。「絶対多数状態ですべて思い通りに決めてしまいたい」のだ。私が政党政治の崩壊間近というのはそう感じるからだ。
話を戻そう。与党が本気で議論しないまま、国会は終盤を迎える。衆院での予算成立を会期内自然成立可能な日までギリギリまで遅らせ、参院に送る。参院では当然、時間が取れない。国対間では約束したテレビ入りの集中審議もズルズル引き伸ばしにかかる。そしてとうとう委員長の職権で開催を決めることになった。なぜ与党はここまで予算委員会を執拗に拒否したのか。実は噂だが、総理の健康状態が影響しているとの話がある。もともと潰瘍性大腸炎という難病を抱える総理の健康状態は深刻だという。様々な薬の影響もあり、精神的に極度の緊張に耐えられない。だから予算委員会で詰められたときに激昂して何をいうかわからない。野党が強い参院には出したくない、出たくない、との噂だが。仮にそんな健康状態なら安倍総理は激務によく耐え、頑張っていると思う。
民主党の石井委員長の職権発動で週明けの24日に委員会開催を決め、政府側に通知する。こうなるともう断りきれない。出席しなければ憲法違反となる。まさか健康上の理由とは言えない。そこで出た戦術が驚く。ややこしい話だが、続ける。
21日にもう一つの重要法案である0増5減の衆院区割り法案が、参院での審議期限切れを迎えた。この日がちょうど衆院成立後60日となり、参院が採決しなくても再び衆院で再可決成立させることができる。
与党はその日の審議日程を決める議運で区割り法案を採決させない方向で引き延ばす。野党側は採決しろとして折り合いがつかない。とうとう野党は採決しないでいいから、本会議を開き、他の法案だけ成立させることを提案。つまりここで民主党は区割り法案に対する参院の意思決定は不可能と判断したことになる。しかし与党は、まだ協議を続けようとする。話は平行線。自民党の委員長は多数決での決定を選択。結果、野党の主張どおり、区割り法案以外を審議し終了後は本会議は「散会」となり、その日はもう開かれない。
そして本会議。粛々と進み、議長は散会を宣言する。ところが与党がこれに反発。「区割り法案採決に向けて、まだ努力の余地あり。散会ではなく休憩にして午後も協議を続けるべきところを散会にした議長の責任は大きい」として議長の不信任決議案を提出するという思わぬ戦術に打ってでたのだ。
面白いことに、この時点で24日の予算委員会開会は決まっているので、当然質問者は政府に事前通告するが、政府はこれを拒否する。つまりすでに安倍総理をふくむ閣僚は予算委員会欠席を決めていたことになる。
24日当日。政府は不信任案状態を「参院不正常」とし、「不正常な参院の予算委委員会には出席できない」と委員長職権を拒否する。これは明確な憲法違反ではないか。参考までにその憲法は、これ。
※憲法第六十三条
内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。

「どうせ改正する憲法だ。違反しても構わない」とでも考えているのではないかとうがって考えてみたくもなる。平田議長は自民党の議運委員長が裁定したことを実行したにすぎない。それをもって不信任案を提出し、それをもって議会不正常だから総理が参院予算委員長からの出席要請を拒否するとは、空いた口がふさがらない。
憲法違反し政府が最高機関である立法府を無視したことになる。
当然野党は反発。そんな総理は問責に値すると問責決議案を提出しようとする。ここで与党ずれした民主党は、「責任ある野党として最後まで法案を成立させる責務がある。そうでなければ何でも反対の野党と批判され参院選にマイナス」との執行部判断で、問責の趣旨には賛同するも発議者にはならないという中途半端な対応をとってしまう。理由は、民主党が賛成に回ると問責決議案は可決する。可決すれば慣例で国会はすべてストップする。この日決めるべき重要法案である電気事業法案や生活保護法案などは審議未了で廃案となるからだ。
当然この姿勢に民主党議員の少なからずが反発するが、民主党が抜けた形で決議案が提出される。この時、民主党執行部に「おそらく自民党は問責決議案審議に応じない。」との読みがあったのではないだろうか。
つまりこの時点で、議長不信任決議案と首相問責決議案の二つの決議案が参院に提出されている。この扱いをどうするかで議運が紛糾し、10時の開会時刻を過ぎても決まらない。議長不信任案を否決して、問責は審議せず、残りの法案を午後に採決するという道筋が描かれると誰も思っていた。
ところが急転直下。与党は問責決議案審議を了解する。こうなったら民主党の立場はない。審議したら反対とはならない。賛成するしかない。結局、自民党の「やるんならやってみろよ」の開き直り戦術に乗らざるを得なくなってしまった。
11時15分に始まった本会議。議長不信任決議案を否決。首相問責決議案を可決して事実上今年の通常国会は閉会した。
部屋に戻れば、「都合により◯◯委員会は中止となりました」の館内放送が虚しく響くだけだった。

とここまで長々と書いてきたが、以上が問責決議までの私が把握する真相である。すべてがシナリオ通りにことが運んだとは思えないが、局面局面の判断が流れを決めて行く。もちろん自民党には自民党の言い分があろう。しかし、結果だけをみれば自民党に民主党が相撲を取らされたようなもの。勢いに乗る時はすべてが味方をする。今の自民党はどんなに横暴しても許されるという世界に入ってしまった。政党政治の崩壊は参議選の結果次第では早まるだろう。

– Posted using BlogPress from my iPad

2013-06-27 | Posted in 日記No Comments » 

 

日記198 国会が閉会!

参議院議長の問責決議、安倍総理の問責決議の採決のみで第183回通常国会が閉会します。

予算委員会への総理を含む閣僚の出席拒否をめぐる騒動で、国会最終盤は大混乱。議長問責は否決、首相問責は可決されたので国会不正常となり委員会は立たず、最終日の今日に予定されていた発送電分離に関する電気事業法案など重要法案が採決されぬまま廃案となりました。

参議選へまっしぐらです。私も今日から7月21日まで、東京を留守にすることになります。Blog更新は旅先から。

 

2013-06-26 | Posted in 日記No Comments » 

 

日記197 世界で株価下落。日本はどうなる?

世界で株価が下がっていることが報道されています。FRBのバーナンキ議長はQE3の縮小を盛んにほのめかしていますが、時期は9月の会議以降始まるらしいとのこと。終了も来年のよう。でもバーナンキさんの任期は来年1月までなのでQE3の終了までいないのに縮小、終了を言うのはなんかきな臭いです。

今朝のNHKのワールドウェブモーニングで、米国の著名な投資家ジム・ロジャーズのインタビューを放送していました。彼は、「お札を刷るだけ刷るというアベノミクスは良くないし、失敗するだろう。なぜならそれ以外のこと、例えば少子化対策など日本が抱える課題解決の方策を何一つ提起していない。賃金が上がるはずもない」というようなことを応えていました。少子化対策のためには日本は移民を受け入れなければならないが、国民が納得しないだろうとも言っています。しかし彼は、安倍さんが自民党総裁になって大胆な金融緩和を言い出したときに、すぐに日本株へ投資し、すでに5月には全て売ってしまていることも話しています。売った後にアベノミクスは成功しないとインタビューで応えだしているので、儲けるだけ儲けて、今度は日本株が暴落することを狙っている様なものです。

しかしフィナンシャルタイムスも、「世界の金融システムは次の危機を待っている」と報じていることからみても、危機は儲けのチャンスでもあることがわかります。アベノミクスで刷りだされたお金が世界に回り、世界の金融市場の好評をかっています。何か世界の金融界に振り回されて結局は日本崩壊を誘導しているようなアベノミクスです。

でもこれは本気でが仕掛けているのかもしれません。なぜなら日本は国内の政策転換を政治の力でやることができない国だからです。高度経済成長期もバブルの時もその後も、経済大国になって得たその富を使って安定した社会システムづくりができたのに、そうしてきませんでした。政策転換できなかったのです。民主党政権が最後のチャンスだったかもしれませんが、よってたかって潰してしまいました。政治が企業や国民に負担を頼んで国づくりをすることができません。だったらいっそのこと行き着く所まで行かないとこの国は変わらない。つまり内部改革では無理、外圧でないとと考えて不思議ではありません。

2013-06-25 | Posted in 日記No Comments » 

 

俯くなかれ!行くべき道は目の前にはっきり示されている。

都議選が終わった。ある程度予想していたことととはいえ、流石にこの結果は厳しい。しかしだからと言って打つ手無しと「俯く(うつむく)」のでは参議選もすでに圧倒的敗北だろう。負けの理由をしっかりと分析し、次につなげることが最も重要ではないか(議論はしてそれなりの結論はだすが、いざ実行する時になると全く活かさない某産別もあるが・・・(・_・?))。

そう考えると、この投票率の低さは何だ。衆議院の時と似ているではないか。54.49%から43.50%、この11%の落ち込みが意味するものは。そう思っていたら、twitterで、菅原琢東大先端科学研究センター准教授のBlogを発見した。自民圧勝が華々しい前回総選挙は、実は大敗を喫した09総選挙と比較しても得票数などのデータは悪化していた。教授は今回も同じ現象と分析する。同Blogのまとめの部分のみ以下に紹介する。問題は反自民の受け皿に民主党がなり得るかだが、これはもうはっきりしている。自民党とは違う選択肢を国民に提示できるかだ。残り一月弱。そこを訴え切らなければ我が党の存在価値はないと言っても過言ではあるまい。

311後の日本の政治論団『2013年東京都議選の簡単なデータ分析』から

自民党はどん底に比較して着実に支持を回復していることは確かだが、世論調査の内閣支持率や政党支持率の印象からは程遠いことがわかる。言い換えれば、世論調査で肯定的な回答を引き出してはいるものの、それらの人々を投票所に呼び寄せて投票させるまでには至っていない。小泉政権と比較されるが、小泉政権下の選挙では投票率が上がり、自民党は得票を増やし勝利しているので、様相は全く異なる。敵が弱くなっただけで自分が強くなっているわけではない。また、安倍~麻生内閣期に失った支持者はほとんど帰ってきていない。

 自公にとっては、今回の都議選はひとつの地方選挙結果でしかない。また自身の好調さを示す材料では決してない。参院選はともかく、その後の3年間を安定して政権運営していくためには、支持が高く安定しているうちに実績を残して政権内の基盤を固めるのが大切だろう。『SIGHT』5月号で述べたように、世論調査で「よりマシ」「とりあえず」で消極的に支持されているのが安倍内閣の状況であり、こうした数字はいつ崩れても不思議ではない。

 自民党と公明党の楽な状況を支えているのは、他党の選挙戦略の不味さである。票読みも満足にできない新党にとって、候補者擁立戦略や選挙協力などの交渉が難しいのは致し方ないことだが、結果的に、ふたたび、漁夫の利を与えてしまったのだから、支持者、投票者の利益を蔑ろにしたと言ってもよいだろう。自党の存在感と交渉力を高め、支持者に利益をもたらすためには、政策の異なる他党とも協力する必要がある。

 根本的には、棄権者の増大が衆院選に引き続き問題である。棄権者は現状に満足しているので他者に委ねているのだという解釈もあるが、(今回の選挙のデータは持っていないが)実際には政治への不満を表明する割合は棄権者のほうが高い。票に託すほどの魅力的な選択肢が存在していないから棄権する人のほうが多いと考えられる。少し前までは民主党がその期待と不満の受け皿となっていたが、結局誰の味方をし、何をしてくれる政党なのか、所属議員ですらわからず、あるいは見解が一致せず、固い支持層を作り上げることができずにジリ貧となっている。

 野党がこの状況を打開したければ、互いに協力して選挙を戦うことが重要となる。次の参院選を逃せば3年間チャンスはやってこない。また、7月の参院選に限らず、棄権者となった人々をいかに投票所に足を運ばせるか、地道な戦略を練る必要がある。衆院選で棄権した4割の有権者は広大な「票田」であり、選挙結果を反転させる力を持つ。今回の選挙でも示された棄権者の増大の問題は、有権者側の問題ではなく、魅力的な選択肢を提示できない政界の側の問題である。各党独自の異なる政策位置で支持層を開拓しつつ、小選挙区などでは協力していくような柔軟さが必要である。

2013-06-24 | Posted in 日記No Comments » 

 

立憲フォーラムの目的

事務局長を勤めている立憲フォーラムは、今月24日に会期内最後の勉強会を開く。講師にピーター・バラカンさんを招いている。そのバラカンさんのインタビュー記事が6月19日の朝日新聞に掲載された。その中でバラカンさんは我がフォーラムのことに触れてくれていた。

「「立憲フォーラム」という憲法改正問題の集まりに誘われ、参加することにしました。憲法は政治家のためではなくて国民を守るためにあるのに、今の政権は自分たちが人々を管理しやすくするために憲法を改正しようとしている印象がある。それは大変な間違い。ぼくは外国籍だし、参政権もないけれど、日本の皆さんがそのことに気づいていないんじゃないかという危機感があるんです。・・・政治家はよく愛国心に訴えて人をまとめようとしますが、日本の人はアイデンティティーを国家に重ねる人が驚くほど多い。それが健全かどうか。・・・自分の身を守るためにもそのことを自覚することがとても大事だと思います。」

20歳以上の男女全てが投票できる今の制度が最初に実施されたのが、1946年の総選挙。しかしこれは、国民の強い求めに応じて実施されたのものではない。当時は占領下。西洋的資本主義は導入されていても、権利も保障さていない国民、文明人にはほど遠い民衆だから、軍国主義への道を黙って許してしまった。だから日本国民に民主主義を植え付ける必要性が不可欠。との連合国側の民主化政策の一つとして始まった普通選挙であった。

それまでの日本の民衆は、政治という国の取り決めは、貴族が、鎌倉以降は武士が、明治以降は天皇を中心に偉い人たちがやるものであると思っていた。つまり日本の民衆は、自分たちが権利を権力者から取り返すという過程・・・西洋では市民革命であったり、植民地であれば独立戦争であったりするが・・・を経験していない。こんな民族はそう多くはない(もちろん部分的には様々な抵抗闘争があったが、全国的に広がり革命までには至っていない。明治維新は支配層である武士階級の内部革命であり、民衆蜂起の市民革命とは異質)。これを理由に、憲法改正派の主流は、「それぐらい日本人は天皇を中心に家族的に穏やかに一つであったのです」と結論づける。一方で改正派の中でも異質な・・・あえて言うなら西洋派か・・・小林教授は「抵抗すらできないほど民衆は抑え付けられて、従順であることに慣らされていた」という。

諸説あるが、とにかく敗戦で占領国になって突然、世界最先端の憲法を制定し、民主主義国家の仲間入りさせられた日本であることは間違いない 。問題は日本国憲法が求める日本国に相応しい日本国民であるか否かである。戦前までの長い長い権力への従属期間の意識が現代日本人にしみ込んではいないか。バラカンさんの、「日本の人はアイデンティティーを国家に重ねる人が驚くほど多い。それが健全かどうか。」との指摘は、そのことを西洋人として直感的に感じているからこその指摘であろう。

現代日本人は、家族制に回帰し、国家権力を強化する方向の「憲法改正草案」を問う巨大与党の様々な圧力に、対抗し得る民衆であるだろうか。

その前に、対抗できる政治的力が存在し得るのか。

7月21日の参議院選挙はその戦後日本人の根本を総括するたたかいのスタートラインとなる。スタートラインに着く前に負けていては話にならない。戦後の民主主義の深化を信じ、日本がもっとより良きに国になるためのたたかいが始まっている。そのために、我が立憲フォーラムは生まれたと思う。

2013-06-21 | Posted in 日記2 Comments »