昨夜のオリンピック予選の闘いは日本の完敗に終わった。先制され追いつき、引き分け濃厚かと思われた後半終了間際にシリアキャプテンの奇跡的なミドルシュートで勝敗は決まった。ホームゲームのこの試合は本来ならばシリア国内で行われるべきものだった。しかしシリア国内が争乱状態なのでしかたくヨルダンのアンマンで開催された。
両国選手が背負っているものが明らかに違っていた。鬼気迫る迫力のシリアの闘いに日本は本来の闘い方を見失っていたように思う。ピッチの悪さもあるがそれはお互い様、言い訳にはならない。考えれば今シリアでは現実に人が亡くなっている。その原因は、アサド政権の独裁に対する市民蜂起の色合いが強いが、宗教や民族の微妙な違いも根にある。またイランやイスラエルやカタールといった国々の思惑も絡んでいる。それに欧米と中ロの国際社会の利害がからみ複雑になっている。政治的には複雑であっても様々な利害がからんでいても犠牲になっているシリア市民がいるのは現実である。代表選手の政治的立場はいろいろあるだろう。しかし母国で起きている現実は決して彼らの望むことではない。オリンピック出場という想い以上にホームゲームであるこの試合に勝ちたかった。「勝たなければならない」といった使命感さえ感じる気迫だった。それにたじろぎ、思うように進まない試合展開に不安な顔さえうかべる日本選手が印象的だった。
報道では、代表選手はシリア代表ではない。アサド政権の代表である。だから応援しないとして日本を応援するシリア国民もスタジアムに来ていたという。選手にとってはつらいことである。思い起こせば昨年の夏、なでしこジャパンは大震災に苦しむ日本を代表してワールドカップに臨んだ。加えて女子サッカーの置かれている現状を少しでも変えたいという強い想いがあった。鬼気迫る闘いで決勝戦を勝利した。あの時の澤の終了間際の同点シュートをシリア闘いで思い出していた。
なでしこのような気持ちが昨夜の日本代表にはなかった。というよりも、そんな思いで迫ってくる相手に対する闘い方をまだオリンピック代表はできない。いやオリンピック代表だけではない。昨年の平壌で行われた北朝鮮との試合に敗れたフル代表も同じだ。まだ日本男子の代表選手には、国を背負って迫り来る気迫に対応するだけの何かが欠けている。ひょっとしてサッカーだけではないのかもしれない。日本国民の感情なのかもしれない。









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