2018-01-12

崎陽軒のシウマイ弁当

 僕は基本的に朝食、昼食を取らないことにしている。本当だ。昼は牛乳とビスケットくらい。ある日、事務所でそうしていたら、選挙用ビデオ撮影の面々がちょうど入ってきて、「こりゃいい絵だ」と写してくれた。おかげで「江崎さん、ビスケットで大丈夫?」と行く先々で心配の声をもらった。
 僕には持論がある。それは、地球上にいっぱい動物はいるが、おそらく人間以外の動物は常にお腹すかしている状態だと思う。それが自然の生業。百獣の王ライオンだってそう簡単に獲物にありつけるわけがない。人間だけですよ、一日大体決まった時間に三回も食事するのは。と思うのである。ホモ・サピエンスとしての野生の本能を磨く。そのためには空腹の時間をつくることが必要、ということだ。
 まあたいそうなことを言ってしまったが、早い話が食ってたら太るのである。基礎代謝が随分と落ちた歳からすればなおさら。油断してたら、すぐにズボンを新調しなければならなくなる。それは困る。金もかかる。

 さて、そんな僕がたまに食べる弁当が崎陽軒のシウマイ弁当なのです。焼売ではなくシウマイとカタカナ。ちゃんとパッケージにもそう書いてある。崎陽軒は横浜にある弁当会社のようで、結構古くからあるようだ。つまりあまり良く知らない。いつ食べるかというと、新幹線でお昼時に名古屋の方へ行く時である。丸の内南口改札から入り新幹線乗り場に向かう通りの右側に、崎陽軒専門の小さなお店がある。東京駅にはいっぱい弁当売場があるが、シウマイ弁当はここでしか買えない。他では売っていないと思う。結構、えらそうに商売している。
 以前選挙で神奈川県庁に行ったとき、昼食にこのシウマイ弁当が用意してあった。
 一緒にいたF委員長(当時)が、「組合の行事での昼食はいつもこればっかり」と自慢げに話をしていた。運動会が雨天中止になっても、「いいですよ」と引き取ってくれる。一日にはける数が半端無いから融通がきくそうである。
 「へ〜。すごいですね」と聞いていたが、神奈川の人にとっちゃやっぱ自慢の弁当なんだな〜と思ったのである。

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 シウマイ弁当といっても、メインのシウマイは5個しか入っていない。それも意外と小さい。以前は6個だったとかの話を聞いたような気がするが、定かではない。それ以外はほとんど変わっていないそうだ。これもFさんの話。
 測ったように、多分そうだと思う。弁当の上半分がおかず、下半分がご飯にわけられている。そしてなぜだかおかずスペースの真ん中に「あんず」が鎮座する。不思議、でもちょっと酸っぱいあんずは僕的には食事の締めにちょうど良いのだ。
 甘辛い味がよく染み込んだ筍煮。鮪の照り焼きも良い。これに鶏の唐揚げ、卵焼き、薄いがちょっと太めのかまぼこ。昆布に千切り生姜。どれもが絶妙のバランスで詰め込まれたまさにシウマイ弁当ワールドなのです。
 昨日、三重に行く時も買って、電車の中で食べました。だからこんな意味もないブログを書いてるわけであります。ちなみにさし絵もその時に描いたものであります。
 ただこの弁当、関東一円でしか手に入らない。残念。

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2018-01-10

改憲発議、国民投票の足音が聞こえてきた新年。

 2018年もはや10日。九州柳川の三が日は比較的穏やかな日々でした。個人的には良い正月でした。皆さんの所はどうだったでしょう。
 そんな事言う前に何か言うべきことがあるでしょう。といった声が聞こえてきそうですね。そうです。年末は大変お騒がせをいたしました。12月22日に慣れ親しんだ民進党に離党届を出し、立憲民主党へ入党しました。その前後でいろいろありました。党員・サポーターの皆さんには決断の理由をしたためた文書を昨日発送しました。今日あたり着く頃。どうぞご理解ください。本欄での説明は今しばらく時間をいただきます。

 今日の話は安倍改憲についてです。
 ジャーナリストの高野孟さんは、新年のブログで「参院選同日の国民投票、参院選後に発議で20年までに国民投票の2パターンは現実性が無い。残されるのは、本年6月までの通常国会で発議し秋に国民投票、もしくは秋の臨時国会で発議し19年春、統一地方選挙や改元に至る前の3月一杯までに国民投票の2パターン」と指摘していました。その上で自民党の改憲議論を聞いていると今国会中の発議は消えた。残るは秋の臨時国会。しかしこれも総裁選を挟むので簡単なことではない、と分析しています。
 私的には今国会中の全てを強行しての発議もあり得ると思っています。どっちにしろいよいよ国民投票が近づいてきたことを確認する新年であります。
 今まででもそうですが、これからはもっと激しく憲法改正の必要性を訴えるプロパガンダが増えるでしょう。総理大臣が、安倍さんであろうと石破さんであろうと、国民投票で否決されれば首が飛ぶし、次の憲法改正の機会は遠い先となってしまう。今世紀はないかもしれない。そんな大博打に負けるわけにはいかない、と緊張している改憲勢力です。ありとあらゆる手段をお金をかけてやってくる。こっちも負けるわけにはいきません。ただし我が方には資金がない。ので地道に口コミで広げていくしかありません。

 そこでこんなブックレットを立憲フォーラムでつくりました。
「解説 安倍改憲は許さん!」(立憲F・改憲問題対策法律家6団体連絡会)
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 手前味噌ではありますが、これが非常に評判がよろしいようです。はい。一部100円ですからコストパフォーマンス大であります。これ一冊で改憲プロパガンダに太刀打ちできる体力を養えるのは確実です。

 さてそんなセールスは置いておいてと。今回は、よく言われる「緊急事態条項は必要だ」について反論しておきます。
① 大規模災害に対処するため・・・例えば、緊急時にじゃまになる放置自動車を所有者の同意なしに撤去する。
⇒すでに災害対策基本法で具体化済みなので必要ありません。
② 北朝鮮のミサイル発射等の脅威に備えるため。
⇒緊急事態条項では解決しない。全く別次元の話。
③ 緊急時に選挙やっている暇はないので、選挙延長や議員任期延長が必要。
⇒ 選挙の延長は公選法57条に基づきいっぱい実施済み。もちろん国政選挙も。衆議院解散の時に戦争勃発したらと言われるが、他国とそんな緊張関係の時に解散しないでしょう。加えてそのために参議院があります。衆参同日選の時だったら、なんて言う人もいるでしょうが、可能性はほとんど無し。そんな理由での緊急事態条項の必要性議論は眉に唾つけて聞く必要ありですね。いずれにしても公選法57条で対応可能。緊急事態だから国会議員の任期延長を可能にするとなると、任期延長と引き換えに物言わぬ国会議員が増えるかもしれない。大政翼賛会の時代を忘れてはなりません。あの頃は10年近く総選挙が行われず、国民の意志は黙殺されたんですから。
④ 他所の国にはある。
⇒ だから何なんですか。無い国もありますよ。それよりなによりこんな問題があります。その問題とは以前のブログを読んで下さい。ここまでで長〜くなったので終わります。ぜひご一読を。
「日本に三権分立は確立しているか」

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2017-12-04

トランプ政権と労働運動

 「労働権法」。聞きなれない法律名です。文字列から想像するに、労働者の権利確立に関係する法律かなと思うのです。
 日本の法律ではありません。アメリカの法律です。成立は1947年ですから結構古い。戦前、ニューディール政策なんかの関係で米国の労働組合運動は大きく前進します。その揺れ戻しというか経営側の巻き返しで成立したのがタフト・ハートレイ法。労働組合の権限を制限するための法律で、その中に労働権(Right to Work)なる権利が明記されました。
 どんな権利かというと、労働組合に加入するも、しないも労働者の自由という権利なのです。さすが自由の国アメリカです。ユニオンショップ協定のような会社員=組合員といった組織強制が禁止され、当然チェックオフのような組合費徴収もできなくなります。結果、組合員が減少し、財政基盤も弱くなりますから、自由の名をかりた労働組合潰しの法律だと言えますね。
 現在アメリカでは、28州で同法が法制化されています。企業側からしたら労働組合権限が弱いほうが良いので、労働権法が無い州からある州へ会社を移したりするので度々論争となりました。さてその古くて新しい問題がトランプ政権下で蠢き出したことを、12月号の「生活経済政策」(生活経済研究所)が特集を組んで報じています。
 米国の労働組合組織率は10.6%で、随分低い(日本17.3%、平28年厚労省調査)。その内、民間部門は6%。労働権法成立以降、米国では労働組合組織率低下に歯止めがかかっていません。そしてさらにトランプ政権の誕生と上下両院での共和党の過半数獲得によって、労働組合を標的とする団体やネットワークの動きが活発化しているそうです。そのネットワークの一つが全米労働権委員会。ユニオンショップや組合費徴収を徹底的に狙い撃ちし、労働権法制定州をさらに広げるとか、全国一律法制化を進めるとかやってるようです。最近では、公務員組合の組合費強制徴収が違法との訴えをイリノイ州で起こした裁判の支援を行っています。
 米国で起きることの多くがその後日本で起きているわけですから、日本の労働組合も油断ならずです。特に連合参加の民間産別のほとんどがユニオンショップ体制。会社員=組合員という強制的組織制度があるからこそ成り立っているわけです。米国の労働権法のようなものが成立したりすれば、ほぼアウトでしょう。そのことをちらつかされでもしたら、益々権力に擦り寄らざるを得ない酷い状態にならないとは言いきれませんね。資本対労働はいつの時代も敵対する関係にあります。労使協調も良いですが、爪は何時でもといでおかないといけません。

 

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2017-11-09

自民党の本当の実力。

 49.5%対40.85%
 与党対立憲民主党、与党対立憲民主党+希望の党の2パターンの選挙区に絞って拾い上げ、維新等の他の野党、無所属候補は完全無視。という少々乱暴といえば乱暴な分析を試みてみました。
 与党対立憲の対決構図の選挙区の得票率が冒頭の数字。その差8.7。票数にして46万8千票程度です。そんなに差がなかったのだと思いますが、結果は立憲の9勝18敗。それでも生まれたばかりの政党がよくやったものです。言い換えればそれだ与党批判が大きかったことということです。
 与党対立憲+希望の対決構図の選挙区を見ると、立憲の9勝24敗。
 立憲の枝野代表は、民進党から移って希望の党から立候補した人の選挙区には立憲は擁立しないという「枝野原則」を実行しました。しかし希望はお構いなしに立てた。その結果、立憲と競合した33選挙区で希望は全敗です。立憲と希望の得票数の合計が与党のそれを上回った選挙区は10選挙区ありますので、仮に希望が競合を避ければ立憲の19勝14敗の可能性もあったわけです。与党対立憲+希望の選挙区の全体の得票率は、与党44.6、立憲33.6、希望16。立憲と希望を合計すると49.6で与党を上回ります。結構いい線いっていたのです。
 
 希望が出たところは野党連携がうまくできなかったところが多いので、仮に立憲と希望が競合しなければさらに違った結果、与党に不利な結果が生まれていたはずです。
 さて与党の票はあくまでも自民+公明です。そう考えると自民党の本当の実力は今どれほどなのでしょうか。これは自公がバラけてみないと正確なところはわかりません。しかし相当落ちているのは間違いないでしょう。
 公明党は、比例区得票で驚きの700万の大台割れでした。おそらく内部では激震が走っていることでしょう。原因は分かりきっていますね。学会員そのもののとお友達票の公明離れ。このまま安倍自民党にくっついていれば次回参議院選挙ではさらに得票数を落とすでしょう。それでも権力に抱きつく道を選ぶのか。内部議論は大変だと思います。

 あくまで立憲民主党を中心にした話でした。しかしどんなに風が吹いても多くの選挙区で候補者擁立ができなければ風を受け止め切れませんし、候補者擁立ができなかった選挙区こそが自民党の牙城でもあります。
 弱くなったとはいえまだまだ自民党の底力は大変なものです。昨日、自民党の地方組織の皆さんでしょうか。県の旗を先頭にたくさんの人が自民党本部から会館へ行列をなしていました。権力を握ることはやはり凄まじいこと。それを突き崩すのは容易なことではありませんが、やるしかないでしょう。

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2017-10-15

平成デモクラシー。

 戦前の一時期ですが、日本の政治でも二大政党制の時代がありました。1920年代後半のことです。
 立憲民政党と立憲政友会。どちらも「立憲」の言葉を冠していました。
 長い士農工商の身分制の時代から開放され、初めて近代憲法を手にした国民。その時代「立憲主義」は今とは比べ物にならないほど新しく、希望あふれる流行りの言葉であったのでしょうね。しかし第1回帝国議会開会からまだ半世紀足らずです。成熟しきっていない国の政党政治。希望あふれる立憲主義の時代は台頭する軍の力に押され、1932年の515事件、同年の満州事変により、余りにも短く終わります。36年の226事件で大政翼賛会がわが国政治の形となります。その後、国民が政治に関与できるようになるのは、まさに日本が焦土と化した終戦後の総選挙からでした。占領時代を経て自由民主党が生まれた1955年以降、政権交代のない政治が当たり前となります。
 戦前の二大政党は保守同士です。富国強兵政策と大陸への進出の時代背景は、資本主義体制の強化と経済成長が必須。今日いうリベラル的政党が勢力を拡大できる時代ではなかったのです。
 東西冷戦が終わり、市場原理主義の席巻が始まるころ日本ではバブルが崩壊します。右肩上がりの時代は終わります。経営側が日本社会の安定を支えてきた年功序列、終身雇用システムを競うように手放します。日本社会の底が抜ける。そんな時代の始まりです。格差、貧困が社会を被うと政権政党に対する批判は増します。政権交代可能な二大政党制の実現が政党政治の最大の課題となり、思想信条を度外視した政界再編が繰り返される。民主党が政党として急成長した1990年代後半から政権をとる2009年までの時代はそんな時代です。民主党政権の崩壊は政党の劣化をさらに進めます。
 民主主義、立憲主義、平和主義。ある意味戦後日本人が当たり前だと思っていたこと。これがいとも簡単に崩される。その現実に直面します。どんなに抵抗しても声をあげても無視され続ける。奢る与党と無力な野党。そんな政党が行う政治に対し、「信頼」、「誠実」という言葉はほとんど消えかけていました。
 そんな時です。立憲民主党が誕生したのは。
 帝国議会が始まり国づくりの最中で誕生した戦前の立憲民政党と立憲政友会の思想は戦後の自民党に引き継がれます。民主主義国家、経済大国、先進国と世界から評されるようになって久しい我が国です。そんな国の政党政治が、戦前ような保守同士の政権交代で国民の思いが政治に反映することはあり得ない。そう思います。
 無頼の保守政治で社会や生活や平和が壊される。何とか止めよう。政治の主役は私たちだ。それが民主主義であり、立憲主義だ。というその声が立憲民主党に集まり、熱狂が生まれています。
 かつて自由民権運動が燎原の火のように日本国中に広がり、大正デモクラシーと呼ばれる時代が誕生した国。
 枝野幸男立憲民主党代表の演説会場が熱狂に包まれています。発した声が、言葉が、進化したネットワークにのってあっという間に駆け巡ります。そして各地でそれぞれの声で、言葉でうったえる街頭演説の会場が熱狂に包まれます。
 まさに平成の自由民権運動です。平成デモクラシーを希求するうねりです。
 立憲民主党の立党は、まさに歴史の必然だったのです。

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