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臨場感の共有②

昨夜というか、今日未明というか、なんとか消費税率の改正を含む民主党税制改革案がまとまった。総会出席議員は80人程だから議員全員が了解したわけではないが、総会での了承という手順は年内に収まったことになる。前回のコラムで野田総理の持つ危機認識を議員と共有することが一番必要なことと書いた。昨夜の会議には総理が出席し、その思いを自信の言葉で語った。加えて若干の修正が加わったことで、総理の持つ臨場感を共有できたのだと思う。もうこの辺でいいだろうという大物議員の仲裁という手法ではなく、民主党的徹底した議論に総理も加わっての議論が、民主党の民主党たる政治決定のシステムを実践したように思う。これはこれで前進ではないだろうか。さて改革案の詳細は公式なHPに掲載したので、そっちを覗いて欲しい。

一番の修正は、実施時期を8%を2013年10月から2014年4月と半年ずらしたこと。増税するには少なくとも半年前に閣議決定する必要がある。13年10月だと現政権、つまり総選挙前(総選挙は任期満了の場合で2013年9月)に閣議決定することになる。これではマニフェスト違反となる。半年ずらしたことで総選挙を経た新政権の下での閣議決定が可能となった。仮に民主党が下野した場合は次の政権政党がその責任を担わなければならなくなる。これは自民党にとっても結構きついはず。

議員定数や公務員給与の削減は、これは増税前に必ず実現しなければならないことだったが、あえて文章化することで改めて決意を示した形となった。その他、これまでの課題であった例えば所得捕捉に欠かせない番号制度も2015年の運用開始を目指し、来年2月の法案提出を明記したし、地方にとって課題であった地方法人特別税と地方法人特別譲与税の抜本見直しも行うことになる。

まだまだ山あり谷ありだ。来年の通常国会の運営こそが主戦場になる。

臨場感の共有こそ

民主党の混乱が治まらない。ついに離党者が出た。顔見知りの議員が記者会見席に並んでいるのを見るとつらい。なぜこうなっていくのだろうか。一つ思い当たるのは執行部とそうでない議員との「臨場感」の違いなのかもしれないということだ。

もともとマニフェストでは消費税増税は次期衆議院選後としていた。現任期中に議論をし、次期衆議院選のマニフェストに消費税増税を明記して選挙を行う。このことには多くの民主党議員は納得していたはずだ。それが菅政権、野田政権と移るたびに増税論議が前倒しされ、野田総理は増税法案を野田政権で通して総選挙を迎えるとさらに踏み込んだ。

菅総理が参議院選挙前に突然消費税増税を言い出したのには背景がある。それは財務大臣となってG20などの会議に出席し、そこで世界の首脳の財政に対する危機意識を共有したことによる。ある財務官僚は突然だった話す。本当に突然、消費税増税法案の作成を命じられたという。結局、4月27日に東京第5検察審査会が、当時の小沢幹事長の「資金管理団体の政治資金規正法違反事件」を「起訴相当」議決したことにより法案はうやむやになってしまった。それらの経緯が総理大臣となってのいきなりの消費税発言に繋がる。

野田総理は藤井、菅の両財務大臣時代の財務副大臣。菅財務大臣の時の先の動きは十分承知のはず。加えて菅政権となり晴れて財務大臣に昇格している。当然、国の財務体質や世界の国々の財政再建への強い意志などなどの臨場感は持ち合わせているはずである。

増税をするのは楽ではない。特に消費税となるとさらにだ。過去は、大平、中曽根両総理が失敗しているし、3%を実現した竹下政権もすぐに終る。5%に上げた橋本政権も同様の運命だった。しかしその頃は55年体制で自民党が政権を失うことは無かった。今はいつでも政権交代が可能な情勢にある。そうなると執行部の思いは・・・

「仮にマニフェスト通りに消費税増税を公約に総選挙をたたかっても民主党が勝つ保障は無い。さらに民主党が増税を公約にすれば自民党は増税慎重の立場で選挙をたたかうことになろう。仮にその自民党が勝ったら消費税増税はさらに先送りになる。そこまで国会財政はもたない。今の政権は「ねじれ」とはいえ衆議院では圧倒的多数を誇る。消費税増税に踏み込むにはまたとないチャンスだ。だったら私たちが法案を通して、選挙の審判を受けるしかない」・・・となるのは間違いない。

党の税制調査会と社会保障と税の一体改革調査会との合同総会では、延々と同じような議論を繰りかえしている。臨場感が違う者同士が議論しているから噛み合うはずが無い。TPPの議論経過と全く同じなのだ。それでもこのやり方が民主党のやり方である。民主主義は時間がかかる。少しずつだが税調案がまとまりつつある。昨日明らかになった内容は決して賛成できないものではない。増税の時期も現任期中は増税しないとし、2013年10月としている。それでもおそらく総会では議論はまとまらないだろう。今日の総会には野田総理が出席する。意見を押さえて突破しても法案提出、議決の時にさらに党内が混乱するのは目に見えている。

執行部がやるべきことは、執行部とそうでない多くの議員との「臨場感」の違いを解消することだ。なぜ3月までに現政権下で法案を提出し可決すべきなのかを野田総理の「臨場感」で語るべきなのだ。私も含め多くの民主党議員がその臨場感を共有したときに消費税を巡る党の混乱は治まるはずである。真摯に語れば必ず共有できる。国を思い、国民を思う同じ志をもった同志であることを忘れてはならない。

ダーバンの回想①

COPとはConference of Partiesの略。国連の条約を締約している国々の会議のことをいう。だからCOPの集まりは条約毎に開催される。日本では昨年、名古屋で開催されたCOP10の印象が強い。これは「生物の多様性に関する条約」の第10回目の締約国会議だった。今月南アフリカのダーバンで開催されたCOP17は「気候変動枠組条約」の第17回目の締約会議のことだ。この条約は地球温暖化を防止するために世界が努力することを目的に1992年にリオデジャネイロの会議で採択された。ちなみに今回問題となった「京都議定書(Kyoto Protocol)」が採択された1997年の京都会議はCOP3だった。1990年を基準に2008年から2012年の平均排出量を削減することを法的拘束力を持って各国に求めたことで画期的なことだった。主要国のEU各国が−8%、アメリカが−7%、日本はカナダと並んで−6%を約束した。

当時、京都での成功が世界的に話題になった。しかしことはそれからうまくは進んでいない。まずはアメリカがブッシュ政権になり企業側の意向を受けて、議定書からとっとと離脱する。もう一つは温暖化の最大の責任は、これまで好きなだけ温暖化ガスを垂れ流してきた先進国にあるとして、議定書の削減義務は先進国だけに課せられた。当時はまだ先進国の枠組みに入らなくても許された中国やインドだが、京都後の発展は凄まじく、排出量はいつの間にか中国が米国を抜きトップに、インドもロシア(露は京都議定書の枠組み国)に次ぐ第4位となってしまった。つまり京都議定書は、最大の排出国である中(2008年排出割合22.1%)、米(19.2%)、印(4.9)の三ヶ国が削減義務を負わないという歪な枠組みとなってしまっていた。現在の議定書枠組み国の総排出量は世界全体の排出量の20%強でしかない。

法的拘束力を持つ京都議定書の効力は2012年で終了する。その後の枠組みをどうするかがここ数年の2009年、11年のCOPの最大の課題であったが、各国の主張がぶつかりあってポスト京都議定書の絵が描けずにダーバン会議、COP17に突入したのであった。

訃報 

昨夜遅く郷里に戻る。夜遅く馴染みの寿司屋のドアを開け連れ合いと二人でいつもの席に座る。お酒とつまみ、寿司を少々食して1時間ほどで辞す。最近少し飲み過ぎの感ありで今宵はほどほどである。

日が変わり今朝9時前、携帯の呼び出し音が鳴る。電話の表示は03から始まるので東京からだ。政界で何か動きがあったか。

TPPに関してはこの土日も議論されるし、慎重派主催の集会やデモもある。昨日の午前中の決起集会には参加した。会場の憲政会館に入る際には反対されているおそらく農業関係の皆さんだろう拍手で迎えられた。申し訳ないが以前からの約束ごとが今日福岡であるため土曜日の行動には参加できない。そのTPPで何かあったのか。

電話の先は民主党だった。内容は西岡参議院議長の死。昨夜亡くなられたとのこと。そして今日13時まで議長公邸で弔問を受付、その後議長は長崎に帰られる。そのお見送りができないか?と言う。それが適わないことを告げ電話を切った。西岡さんらしいと言えば西岡さんらしい逝きかたか。金曜日の夜静かに閉じ、土曜日のうちに郷里に帰る。普通の日であれば国会運営も含め参議院の方は大騒動ではなかったろうか。日頃から議会制民主主義の何たるかを訴え、議長になってもそのことを主張しておられた方だ。自らの死が極力迷惑をかけることのないようにと。

今年度の予算案の扱いを巡ってのこと。政府は野党の反対で成立が危ぶまれる公債特例法案などの歳入に関する予算関連法案と本予算案を分離して参議院に送りつけた。歳入の裏付けがない予算案などあり得ない。与野党逆転の参議院において予算案も関連法案も否決される可能性が高い。しかし予算案は憲法の規定により参議院が法案を受け取って30日を経過すれば衆議院の可決が優先し自動成立する。これによって歳入の裏付けの無い予算案が執行が始まる。しかし当座の手持ちのお金がなくなれば執行できない。ぎりぎりのところで臨時国会を開き再度関連法案を通すというのが政府のシナリオだった。参議院審議が政局で振り回されることとなった。

このやり方に西岡参議院議長が違を唱えた。参議院軽視であり議会制民主主義否定である。議長は案の受け取り拒否するという奇策にでる。予算案の成立は議長が案を受け取ってから30日。受け取らなければ時計は進まず、11年度予算案成立のタイムリミットは刻々と近づく。

ねじれ国会が続き、良識の府と言われた参議院が政局の主戦場となる。まっとうな議論ができなくなっている。このままでは参議院不要論が再び高まる。そんな思いが西岡議長の中で大きくなっていたのではないかと思う。その警鐘が受け取り拒否であった。これだけではない。議長の菅総理批判は辛辣だった。諫早湾汐留堤防の地元と一切話のないままの開門宣言。地元の保守政治家として忸怩たる思いだったにちがいない。

そんなこんなでわずか1年間のお付き合いしかないが、西岡議長の行動からいろいろ教わったような気がする。小柄な西岡さんだが、ゆっくり歩きゆったりした仕草は気品すら感じる立ち居振る舞いだった。

その議長の異変に気づいたのは前回の臨時国会からだ。声が出にくく、苦しそうな仕草を議席からたびたび拝見し、その都度隣の糸数参議と「苦しそうですね」「ご病気では」と話していた。そして今臨時国会からは一度も姿を議場に表すことは無かった。そして今朝の電話である。

西岡武夫。両親を政治家に持つ典型的な我が国の保守政治家。しかし母・ハルさんは吉田率いる自由党初の女性参議であり婦人参政権運動に力を注いだ政治家である。その血が彼にも流れる。僕的には河野洋平とともに自民党を出、新自由クラブを結成した西岡幹事長としての姿が印象に残っている。

国を思う一人の現職の保守政治家が逝った。今の政治の混乱を見つめつつ忸怩たる思いで逝かれた。その死に接することでこの1年の西岡議長の言動が国会議員の心に蘇ることだろう。そのことが今の政治の変革に少しでも繋がれば議長は本望ではないだろうか。その中の一人として責任を肝に命じるのである。

西岡議長、安らかにお眠りください。ありがとうございました。合掌。

言葉

18日の午後から福島県二本松市で参議院民主党会派の学習会が開かれた。その席で震災の報告を平野大臣が行った。わずか30分の時間であったが復興に携わる大臣ならでは内容のある報告が聞けた。

どれをとっても凄まじい震災であったがそれでも幸いだった点が2点ある。それは①真冬ではなかったこと②真夜中ではなかったこと、だ。真冬であれば体温低下で死亡する人がもっと増えたであろうし、真夜中であれば停電だったので避難の遅れや混乱は計り知れず、津波の被害はさらに拡大したではないか。

津波の高さは最高で16.7㍍、遡上高では40㍍近くまで達している。これはもちろん後の調査でわかったこと。発災直後、津波の高さの第1報は岩手県で3㍍、宮城県で6㍍だった。これを岩手県が6㍍に修正したのが30分後、宮城県が10㍍に修正したのが1時間後だった。しかし実際は第1報をはるかに超える津波が地震後25分で岩手県沿岸に、1時間で宮城県沿岸に到達している。「なぜこんなに警報が遅れたのか(あるいは現実と違ったのか)しっかり検証しなければならない。当然逃げなかった人もいるはずだ」と平野大臣の話は続いた。そしてこの脈絡の中で「私の友人でも逃げなかった馬鹿がいた」と大臣は半ば断腸の思いで逃げなかった親友への思いを語った。参加していた僕はその友への鎮魂の言葉のようにも聞こえた。おそらくあの場にいた人の多くはそう捉えたのではないか。ほんの一瞬のことだった。

その後も大臣は被災地で実際に会った漁師の言葉なども交えて、復興担当大臣としての責任と熱い思い語る。津波で全てを失くしたその漁師は、「俺たち漁師は海に取られた全てを取りかえすには海からしかないんだ」と失意のどん底から立ち上がる思いを大臣に語った。その言葉に大臣は感動したという。そして復興への決意を新たにしただろうことは想像に難くない。

しかし残念ながら、その時感じたほんの僅かな不安が翌朝現実のものとなった。平野大臣の「逃げなかった馬鹿な友人」発言がその部分だけ抜き取られて朝刊の紙面を踊る。野党議員の不適切だという取材もしっかり行なわれていた。書いた記者はいったいどんな思いで記事にしたのだろうか。

日本人は「馬鹿」という言葉を本来の意味だけでなくいろんな状況で使う。大臣の発言は決して使い方を間違っていたとは思わないが、その記者は被害者全体への侮蔑ととっただろうか。だとしたら余りにも杓子定規ではないか。あるいは言葉尻を捉えての意図的な攻撃か。だとしたら余りにもフェアではなさすぎる。

今日の議員総会の席で輿石幹事長がこのことで珍しく厳しくマスコミに叱責した。種々の発言で揺れる国会である。さすがに今回のことがこれ以上エスカレートすれば、マスコミに対する議員発言はさらに萎縮するのを憂いてのことだ。幸い複数の全国紙がこの記事について批判的な論説を載せ得たことはせめてもの救いである。

罵り合うのではなく豊富な語彙や知見を駆使しての論戦が国会に望まれる。その時、時として不適切な発言も少々あるかもしれない。その際も単純な言葉尻を捉えての批判ではなく、発言者の真意を慮った配慮が求められる。国会論戦が深化するためにも自由闊達な議論のやり取りが必要である。それぞれがそれぞれの立場で努力するしかないのだ。我々だけでなく、その努力はマスコミにも求められている。(了)

市民感覚の裁判

市民感覚の裁判とは一体いかなるものか。小沢元代表秘書の判決が出された週のサンデーモーニング。コメンテーターの岸井氏は「推定有罪」判決を市民感覚と評した。市民の思いが判決に反映された画期的な裁判とでも言いたかったのだろうか。
そして今朝の「朝ズバ」。小沢元代表の初公判の報道に登場した元特捜検事のコメンテーターも小沢元代表にかけられた疑念を市民感覚と表現したように記憶する。
もう一度言う。市民感覚の裁判とは一体なんなのだ。市民感覚と言えば聞こえは良いが、裁判は人を裁くもの。時には命を持って償うことを決することもある。間違った判決を出し無実の罪に落としめることだってある。冤罪は人の貴重な人生を奪う。簡易な民事裁判でも訴えられた人の社会的地位を奪うことさえある。例え無罪であってもだ。
ある意味裁判は究極的な人間的行為。だからこそ間違いを犯す確立をそぎ落とすシステムが追求されている。高度な知識と知見を持ち高度な試験を通過してきた者、その過程でおそらく人間性も磨かれたであろう者だけが、人の裁きを決する場に同席できるし関われる。
そこに市民感覚など毛ほどもあってはならないはず。例えば圧倒的多数の国民が有罪を求める場合であっても法律に照らし冷静な判断が求められるのが近代国家の裁判ではないか。そのような場に市民感覚を求める先の諸氏の発言には何かしら恐ろしささえ感じる。
裁判員制度は、裁くという行為に一般市民が誰でも参加する可能性があるという社会をつくることで法治国家で暮らすことの責任と義務、そして民主主義を深化させることにあると僕は思っていた。決して裁判に市民感覚を持ち込むことではなかったはずだ。

市民感覚の政治とはポピュリズムとは違う。同じように判決にもポピュリズム的判断があってはならない。

諸氏の市民感覚発言がもっと別の全く異質の力学の下での発言とは思いたくない。しかし強固な官僚制度を日々目の当たりにしていると小沢元代表を取り巻く一連の事象の影に可視化できない大きな力が潜んでいるように感じてしまうのは僕だけではあるまい。

とにかく日本が推定無罪はあっても推定有罪がある得る国であってはならない。

そう言えばどちらもTBSの番組だった。

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臨時国会

13日から臨時国会が開会した。会期をどうするかで国対で議論があったようだ。野党は審議期間を求め会期を長くとの意見のようだった。しかし民主党はいろんな思惑もあり、4日間とした。参議院の方は国対で会期について協議せず、衆議院の決定通りとする考えであることを、昨日の本会議前の議員総会で国対委員長が示した。

衆議院では多数決で民主党案通り4日間で決まる。10時からの参議院本会議で野田首相の所信表明演説。菅首相のときよりヤジがひどかった。いつもは発言しない1年生議員も目をむいて怒っていた。民主党席からの拍手は菅首相のときより格段に多かった。与党内では野田首相が訴える全員野球が見えてきたようだ。しかし、ほとんど声の聞こえないほどのヤジに与野党協議の難しさを感じた。

日記20 赤峰さん来訪

メンズファッションディレクターの赤峰幸生さんが、議員会館の僕の部屋を訪ねてくださいました。
赤峰さんは、メンズ服飾界の知る人ぞ知る重鎮。5年くらい前からからお付き合いさせてもらっています。
ご自分のブランドも持ち、最近では東京有楽町に進出するメンズ阪急店のコーディネートも担当されています。
僕が赤峰さんと話をしていていつも感心するのは、日本の歴史や文化を基本に質が磨かれた本物を追求されていることです。
装いは、その人の価値観や生き方を写す鏡。確かにどんなに高価なブランド品を着ても美しく見えるか見えないかは別物ですね。
お会いするたびに内面を磨かなければといつも反省しきりです。

この日の赤峰さんのスタイルは、グレーのダブルブレストに白シャツ、紺地のネクタイ。
実に清々しく粋な格好でした。
そんな赤峰さんです。最近の男性国会議員のクールビズスタイルには一家言有りです。
僕も精進しなければ(T_T)。

このブログのリンクにあるThe Sartorialist(ザ・サルトリアリスト)は、スコット・シューマンという著名な写真家が、ニューヨークやパリ、ミラノなど、世界各地で撮影したストリートスナップを納めたブログ。
なかなか日本人は登場しませんが、登場した数少ない日本人の一人が赤峰さん。
そのスコット・シューマンが日本でThe Sartorialistの撮影を近々行うそうで、赤峰さんは再登場です。
コンセプトは「EDO(江戸)」。さてどんな写真になるか楽しみです。

本当のノーサイド

代表選が終了した。野田財務大臣が決選投票で海江田経産大臣に215対177の38票の差をつけて新代表に選出された。
民主党の国会議員数は407人。このうち小沢一郎さんや田中真紀子さんら党員資格停止中の9人を除く398人(衆292人、参106人)が選挙権を持つ。
5人の立候補者の得票結果は海江田さん143票、野田さん102票、前原さん74票、鹿野さん52票、馬淵さん24票。だれも過半数の199票に届かず上位二人の決戦投票となった。

野田さんの100票越えは正直驚いた。この段階で多くの人がほぼ海江田さんの負けを予感したはず。
結果は案の定だったが、思わぬ大差となった。決戦投票でわずか34票しか海江田さんに来なかった。野田さんには最初の得票の倍以上の113票が集まった。
決選投票はまさに、菅グループも加わった4波連合が統一して、小沢グループ(鳩山グループも)を押し切った形となった。

決戦の構図は昨夏の菅さん対小沢さんの戦いに酷似してしまった。昨年は菅代表はノーサイドを宣言したが、そうはならなかった。
当時まだ議員になったばかりのわたしには、なぜこれほどの確執が生まれるのかわからなかった。
2003年9月の民由合併。この力技は様々なしこりをねじ伏せた結果だった。そのしこりはその後柔らかくなることなくしっかり内部に溜めおかれたまま、民主党は政権をとる。政権をとるために集中し、滞留した宿痾のようなしこりを無視し、突っ走って政権交代を果たしたのだ。
しかし図らずもそのことが、再びそのしこりを皆が確認するきっかけとなってしまった。そしてそのしこりという確執はわたしが想像した以上に激しいものだったことが、今になってわかる。

野田新代表が宣言するノーサイドが本当のものか否かは、そう長くはない間にわかることになるだろう。単に人事やポスト配分で取り除かれるしこりではないと思う。
新代表には、まさに名医の役割が求められる。人と人との心の溝を埋める人間臭い技が求められる。そのことが野田代表にできるか注視したい。

いややってもらわなければならない。本人の言う最後のチャンスなのだ。そして1年後の代表選は、再び力と力と激突する対立選挙ではなく、政策、人物本位の代表選挙が行われ、新代表のもとで2013年の選挙の年を勝利で乗り切ることだ。その代表が野田さんであればきっと政権交代の意義が明確になっているはずである。
本当のノーサイドの意義は深い。

政治の品格

23日のこと。この日は早朝から会議なので、わたしが最初に511号室に鍵を開けて入る。足元にペーパーが1枚。きっとドアの下の隙間から投げ込まれたのであろう。拾って見ると、何と民主党代表選に立候補予定者を中傷するビラだった。もちろん出所不明。
そして今日。机の上に再び同じ候補予定者を中傷するビラが置いてあった。もちろん誰かが部屋に入り、わざわざ机の上に置いたではない。前回と同じように投げ込まれたものを出勤してきた秘書さんが机の上に置いてくれた。前回よりも少し字数は少なく、大きな文字で印刷されている。
過去、この類のビラが出まわった地方議会や首長選挙を経験したことは何回もある。それは駅の窓口にそれとなく積んであったり、郵便ポストに無造作に投げ込まれていたり、わざわざ匿名の郵便として不特定多数の家庭に配達されたりした。
そしていつも地方政治のレベルの低さに怒り、憤りを感じた。
まさか国会で同じことを経験するとは思わなかった。
しかし、今回は議員会館の中でのこと。誰もが自由に入れないし、ドアの下に投げ込む行動は目立つ。まさか議員本人はやらないだろうから、それ以外のここに自由に出入りできる関係者の仕業であろうことは容易に想像がつく。他の議員からそんなビラが入っていたことを聞かない。まさかわたしの部屋だけではないだろうから、話題にもならないほど、おそらく過去幾度と無くこんな大胆な行動が行われてきたのであろう思う。
国権の最高機関である国会のメンバーである人々が仕事をする閉ざされた空間での出来事である。政治の、政治家の品格の現実に憤りを感じ、情けなくもなり、日本という国の政治の立ち位置に怖さも覚える。
今日から代表選が露骨に本格化する。国の最高指導者を選ぶのに国会議員の内輪の争いで良いのか。こんな卑劣なビラが入る選挙戦で良いのか。
しかし今この現実が我が国の政治のシステムであり、品格であることを直視しなければならない。変革へ向かって駒を進めなければならない。