より良い社会を目指して②からのつづき。今回で終わります。「
生活経済政策研究所」の機関紙「生活経済政策」の今月号の神野論文「新自由主義の呪縛からの解放はあるか」から
「日本は未来を拓けるか」その2
ヨーロッパの富は
ブルーバナナと呼ばれるロンドンから、オランダ・ベルギーを経て、ドイツ・フランスの国境周辺からスイスを抜けて、ミラノに至るバナナ状の地域に集中している。この富が新自由主義のインパクトから、ある時はサブプライムローンに、ある時はドバイへと飛び回って、バブルを生じさせた。しかも、ブルーバナナの周辺にもバブルを生じさせる。つまり、アイルランド、ポルトガル、イタリア、ギリシャ、そして東欧諸国である。
ヨーロッパのソブリンリスク(政府保障の債券つまり国債などをソブリン債という。ここではギリシャなどの国の財政状況悪化による国債の信用不安をさす)についていえば、そもそもユーロの統合に無理があったのである。生産物市場だけでなく、要素市場を統合するために、通貨統合する。通貨権は統合するけれども、財政権は統合しない。
財政権が統合されていれば、日本での交付税にあたる財政調整制度によって、加盟国内の財政力格差を是正できる。ところが、加盟国には財政権だけあって、通貨権がない。つまり地方政府のような状態になっている。しかも、財政調整制度は存在しないのである。(このコラムの①を書いてる前後に、トリシェ前欧州中銀総裁がEU財務省創設が必要との意見を発表した。まさにここで神野さんが指摘していること。)
そうなると、ユーロの導入によってブルーバナナの周辺に散布された資金が、ブルーバナナへと集中してしまう。生産性の高いドイツへの経常収支の黒字が、周辺諸国の財政赤字にとってファイナンスされることになる。
メルケル政権は第四帝国だと、イギリスからもフランスからも、そして何よりもギリシャからの反発をあびる。しかし、メルケルにしてみれば、国民を説得して救済資金を財政破綻国に持っていく以上、財政破綻国の財政運営に口を出さざるをえない。それはヨーロッパ支配への企みだと受け取られる。しかも、破綻国からすれば、良い目を見たのは我々ではないのに、なぜ過酷な生活を強制するのかということになる。
しかし、ヨーロッパには希望がある。それには労働運動が暗い冬の時代から抜け出しつつあるからである。そのため新自由主義によって、国境を超えて自由に飛びまわる資本が創りだす、賃金と社会保障給付のボトムを目指した引き下げ競争に、終止符を打つことが現実味を帯びている。
しかも、新自由主義に手痛い攻撃を受けたとはいえ、ヨーロッパには「連帯」の伝統が息づいている。ロレアル、エールフランス、タトルなどの大企業の経営者や創業一族が、「われにわれに重税を」と「特別貢献税」を提唱しているのも、富裕者の財産に課税する「連帯税」を想起させる。金融市場への統制も、イギリスやアメリカの横槍がなければ、「連帯」の思想にもとづいて実現する機会もある。こうした動きから「連帯」思想に裏打ちされた新しい政策思想が形成される期待には、リアリティが存在している。
しかし、日本に目を向けると、労働運動は厳寒の冬の時代を迎えようとしている。反貧困・反格差の民衆運動が生じていないのも、そのためだといってよい。
そもそも日本には、労働運動に支えられた福祉国家の時代が存在したかが疑わしい。日本が福祉国家を目指すことを宣明するのは、1973年のことである(昭和48年に田中角栄首相が日本列島改造論を掲げて同年度に公共事業急増。同時に福祉元年の看板で社会保障費を大きく伸ばす)。しかし、この福祉元年と呼ばれる1973年は、世界史的に見れば、福祉国家の晩鐘が鳴り響く石油ショックとブレントン・ウッズ体制崩壊の年である。つまり、日本の福祉国家は、締め切り間際に駆け込んだ福祉国家だったのである。
日本は戦中国家から脱去するために、「小さな政府」を目指しつづけ、福祉国家は締め切り寸前の出来事でしかない。高度成長期にも租税負担率を20%に据え置き、小さな政府が志向されたのも、戦争国家への逆戻り危惧と、新自由主義的な小さな政府の奇妙な結婚の初産だったのである。
財政学からアプローチすれば、小さな政府と大きな政府との弁別基準は、政府機能である。つまり、小さな政府とは強制力による秩序維持機能に、政府機能を小さく限定する政府であり、大きな政府は国民生活を保障する機能をも引き受け、社会秩序の乱れを予め予防する、予防主義に立つ政府である。日本には残念ながら、大きな政府を推進する勢力が形成されなかったが故に、新自由主義を容易に受け入れ、それに代替する政策思想も形成されがたいといってよい。
新自由主義が創りだした悲惨な経済危機を眼前にして、日本国民が「怒れ!」と叫び、アジェンデ大統領の最後の演説のように、「歴史を創るのは人民だ」と自覚して、「より良い社会」を目指して力強い歩みを始めるだろうか。「諦める」の「諦」とは真理を意味する。「諦める」とは真理を見極めるという意味でもある。
バイエルンの地域政党だった国家社会主義ドイツ労働者党が、1929年の世界恐慌で不安と不満が高まると、ヒトラーの「空疎な雄弁による大衆操作」で、一挙に中央に駆け上がって政権を握り、戦争国家を形成してしまう。福祉国家の経験の脆弱な日本では、経済危機が新自由主義が戦争国家と結びついて生き残り、破局への途を突き進む危険が大きい。
「諦める」のではなくて、人間はたとえ明日この世が終わろうとも、明日のために生きなければならないとすれば、日本国民が東日本大震災の危機が焙りだしてくれた社会の本質を見つめながら、明日のヴィジョンを描くしかない。東日本大震災が焙り出した本質とは、「生命の大切さ」、「連帯の大切さ」、「参加の大切さ」である。こうした本質を自覚して、危機を克服することこそ、新自由主義からの決別の瞬間なのである。(了)
これで3回にわたる神野論文の掲載を終了します。