間違っているのは貴方の方です。安倍総理!

今月号の中央公論、「総理がついに本音を明かした」として安倍総理と田原総一朗さんの対談が載っている。その中で、集団的自衛権について総理は「現実に基づいた議論をすべき」として、次のようなことを語っている。

公海上で、日本の船を警護するためにいる米艦船に、ミサイルが飛んできた。近くにいた日本のイージス艦が察知。見過ごしたら何百人もの米兵が死ぬ。撃ち落とすべきか否か。「当然、撃ち落とすべきでしょう」と多くの人が答える。でもそれが集団的自衛権の行使そのものであり、現状では許されないと話せば、「そうなんですか」ということになる。世論調査でもこうした個別案件について是非を尋ねると、7割くらいは行使賛成です。

いっけんなるほどと思われるが、はたしてどうか。そもそも米艦船の近くにイージス艦がいるならば、米艦船が日本の船を警護する必要などない。高性能の日本のイージス艦が警護すれば良い。攻撃されれば自衛権で自分で撃ち落とせる。それもできないようなら、米艦船は日本の艦船さえも警護しなければならなくなる。そんな間の抜けた国の助けなど必要ないというだろう。

さて、現実に即して考えてみる。まず、日本有事ではない状況で日本艦船の近くにいる米艦船が突然(意図を持って)ミサイル攻撃される状況は、そんなに無い。日米が同時こんな行動するのは日本近海しかない。総理が言っているミサイルを発射する国とはどこか定かではないが、とにかくその国の近くで、米艦船と日本艦船が威嚇効果を持った演習か情報収拾をやっているときだろう。

まずそんな時であれば当然警戒態勢をとっているはずだから、米軍を攻撃するミサイルが飛んできたら米軍がまず撃ち落とすはず。なすすべもなく損害を被ることなどあり得ない。まず日本の出番はない。加えてこんな攻撃をすれば、当然、米国への宣戦布告をすることであり、その国もそれなりの体制は整えているはずだから、米軍も察知して体制を整えているはず。やれば全面戦争。こんなシチュエーションを考えればミサイル先制攻撃はしにくい。これが「米軍の抑止力」なのだ。それでもその国がやるのであれば、その国が日本も攻撃できるミサイルをもっているならば、当然、わが国にある米軍基地も自衛隊基地も同時にたたくはずである。そうなると日本有事となるので、日本は自衛権を発動し米軍機も基地も守るという行動に出ることになる。

つまり、意図的な攻撃は抑止されるか、わが国への攻撃と一緒に行われることになるので、集団的自衛権云々の話は必要ない。では安倍総理が考えるミサイル攻撃の可能性は、双方戦争まで考えない「偶発的な場合」ということになる。偶発的にミサイルが発射されることなど万が一にも考えられないが。仮にあったとしてもそんな場合ならば、外交の出番となり、それによって早期収拾が図られるはずだ。自衛隊が攻撃参加して事態を混乱することは米国にとっても好ましくないはずだ。

こう考えると、安倍総理の描く状況はあり得ないことになる。安倍総理自身が「現実に基づいた議論」をしていない。むしろあり得ない状況を想定して、集団的自衛権の必要性を意図的に肯定させようとしていることになる。これは権力者としてNGですよ、総理。

以上の考えは何も私が言っているのではなくて、防衛庁長官官房や防衛研究所所長を勤めた防衛の専門家柳澤協二さんが書いた雑誌「世界」の論文「行使容認論の意味不明」にあったもの。ちなみに柳澤さんは、実際に北朝鮮のミサイル発射を監視する米国のイージス艦が日本海に展開した時に北朝鮮から戦闘機が発進して危険な状態であった(イージス艦のレーダーが高性能でもミサイルに指向している場合には、戦闘機の接近を探知できないらしい)という指摘があったことにも触れ、しかしそれを承知の上でミサイルを監視していたのであれば、米軍は、直ちに攻撃を受けるような状況ではないと判断していたはず、といっている。

ついでに、第1次安倍内閣で議論された「集団的自衛権の4類型」のもう一つのよく出る話に、「米国に向かう弾道ミサイルを撃ち落とす(迎撃)こと」であるが、これも現段階では可能性はない。つまり迎撃ミサイルは弾道ミサイルよりも速度が遅い。弾道ミサイルは発射されてもすぐに飛んでいくコースは読めないので、日本の上空を越えたころに発射しても迎撃ミサイルは弾道ミサイルに命中することはない。これも将来技術が進歩して可能になった場合の話である。そんな架空のことを想定して集団的自衛権行使の議論するのは、まったく現実に基づいた議論ではない。

96条の3分の2条項を世界に類を見ない厳しいもといって国民を騙してみたことといい、安倍さんは「現実に基づいた議論」をしたくないらしい。しっかりしないとまたいつ騙そうとするか・・・。

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非常勤職員処遇改善の付帯決議

先ほど参議院総務委員会が終了し、高齢層職員の給与抑制の法案が通過しました。その際の付帯決議に非常勤職員の処遇改善を目的とする一文を入れることができました。昨日ぎりぎりまで協議しての結果です。文書の修正はやむを得ず、当初のものからすると趣旨がわかり辛くはなってしまいましたが、全会一致で参議院の総務委員会が非常勤職員の処遇改善を求めたことは意義があると思います。

日記195 住宅バブルの不安 その2

前回、アメリカで住宅バブルが起きていることを書いた。2008年のリーマンショックの記憶がまだ新しいが、あの時もサブプライムローンという住宅ローンの崩壊が原因であり、ローンを借りての住宅バブルだった。今回のバブルは、個人が購入するのではなく、機関投資家が住宅を買いあさっているということのようだ。

今アメリカでも金融緩和が行われているのは知られているが、向こうでは量的緩和(QE)といわれ、その3回目のQE3が現在は行われている。アメリカの最大の債券市場は不動産担保債券(MBS)だそうで、米連銀はQE3でこの債券を買い支えている。だから連銀がQEを縮小するとMBSが急落し金融危機が再発する可能性がある。加えて、MBSの担保となっている住宅の価値が下落するとMBSも下落することになる。そうなるとMBSを買い支えている連銀も困る、そこでリーマンショック後下げ止まりしたままの住宅地の住宅を機関投資家が買うことによって、住宅価格をつり上げた状態でいるというのだ。

カリフォルニア州のリバーサイド郡で最近売れた住宅の90%が、ブラックストーンという投資会社の子会社が買っていた(ニューヨークタイムス)。投資会社は当然、価格が上昇したところで売抜けて利益を上げる。しかし短期に買い手が付けば良いがそうならなくなった時どうなるか。リーマンショックは個人が借金して住宅を買ったが、返済できなくなって不良債権化したことによる。それができないので投資会社が住宅に投機している。今度はMBSと連銀も絡めての金融崩壊につながるかもしれない。そなるとアベノミクスで次元の違う金融緩和に突っ込んだ日本への影響もとんでもないものになる。

おかしな話だが現実に起きている。利益を上げるために血道を上げるしかない金融資本主義はどうも解さないことばかりだ。

日記194 住宅バブルの不安

アメリカ西海岸の住宅バブルは加熱の一方のようです。今日のNYタイムスは買い注文が殺到していることを伝えています。「シングルファミリホーム」といってますから、向こうでの一般的な家でしょうが、その買値が1億円ほどになっているようです。http://www.nytimes.com/2013/06/09/us/cash-is-fueling-quick-home-sales.html?pagewanted=1&hp

前回のアメリカの住宅バブルと同じです。2000年代の日本の金融緩和で溢れたお金が、アメリカで住宅バブルを起こしました。金融資本主義では、バブルが意図的に起こされます。その繰り返しです。アメリカドルはまだ基軸通貨ですから、アメリカにお金が吸い寄せられるのは当然ですが、肝心のアメリカの体力が弱まっています。いつまでこのやり方が持つか。崩壊した時の日本の反動が大きいと思います。グローバルや自由経済などの市場原理主義から離れ、リージョナルな世界で経済を見る時代に転換しなければなりません。日本も地域でお金を回す政策に力を入れるほうが、東京に全て吸い上げられる今よりよっぽどいいと思います。介護や医療や教育などの公共サービスは人がいて初めて成り立ちます。支払われる賃金は、消費されることで地域に還元されます。公共サービスを産業と位置づけ直す必要があります。

しかし発表された政府の成長戦略は相も変わらず成長至上主義のようで、民主党政権の成長戦略からは大きく様変わりしました。

国会は、区割り法案の審議入りの目処がたったようで、今週から動き出します。今週もみなさんがんばりましょう。

憲法を学んでこなかったツケは大きい。

昨日の参議院憲法調査会に交替で参加した。余りにも議論が面白い。加えて私もはじめ権利意識の希薄さ、憲法に関する様々な無知さがさらけ出される思いがする。会での議論を記憶なかで再現する。登場するのは、前回の立憲フォーラムで招いた筋金入りの改憲論者の小林節慶大教授と、氏から一括される憲法を変えたいと思っている自民党参議院議員である。

まず96条改正について問われると、
「天下国家のあり方に関わる問題だから、権力は公正で正々堂々としていなければならない。表現は悪いが、権力者が突然勉強するのが嫌だから裏口入学を考えるようなもので、ざまがない。権力は正々堂々として品があるもの。品がない権力なんて権力じゃない、暴力だ」とまず一刀両断、小林節(「ぶし」と読んでください。まあ名は体を表すとはこのこと)炸裂だ。

改憲派の自民党のA議員の質問
「96条改正は現実を見据えた上での理想を持った話。この60年、憲法発議すらされてこなかった。審議会が開かれたのもここ最近。そこでこの96条改正を皮切りに、国民に憲法を考えていこうという論議を巻き起こすという現実を見据えたプロセスで。(改正が)国民の手で否定されてもいい。そうやって国民がこの憲法は我々の手に落ちたと実感できるのではないか」。

国民が憲法のことを余り考えていないから、勉強してもらおうというなんか上から目線の意見。これに答えて、                        「ゲームの前にゲームの当事者がルールを有利に変えようという禁じ手。現実的で生臭く、現実をみてもこんなことすべきでないという次元の問題。過去ずっと議論されてこなかったのは、改憲政党として結党しておきながら逃げ回っていた自民党の責任」 とこれもまた切ってすてた。

続いて、日本古来の歴史と価値観が最も大事とする価値観を持つ改憲派の自民党のB議員の質問
「私は、憲法というのは国家権力を縛ると同時に国家権力を授けるものであり、また国柄や歴史、文化というものを国民の皆と、未来に生きる人々も含め共有するものではないかと思う。日本というのは今から2673年前、橿原宮で神武天皇が詔を発せられるわけで、そこで3つの建国の理念を語られる。一つは一人ひとり大切にされる国。もう一つが、徳を持って道義国家をつくりたい。もう一つが家族のように世界が平和で仲良く暮らせる国をつくりたいということ。これは今の日本人の心情からしてみても違和感はないのではないか。そして私たちが好きな(聖徳太子の)17条の憲法というのもある。また日本人は道というものを求めて生きてきた国民。何か国柄に立った上での書きぶりとか工夫というものが大切ではないか」とすごい話がでてきた、なにせ神武天皇だから。しかし自民党にはこんな価値観の人は結構いる。でもあきれ顔の自民党議員もいた。

さあ、これに答える小林教授。

「縛るだけでなく同時に国に権力を授けるもの。これはよく自民党の人が使うこと。国に権力を授けるから、もらって何をしようがかってだろとなっちゃう。授権というのは、それを頂ける、だからそれ以外使うなという、制限規範。歴史、文化、国柄を共有というのは、法律の仕事でしょうか?家族仲良くなんて、だれも仲良くしたくないなんて思っていません。でもそんなことを最高法規で説教されたくない。法は道徳に踏み込まず、これは古来の法格言。つまり世界の常識。17条の憲法は確かにあの時代の憲法。公務員の服務規律。真面目に仕事しろよ、私服肥やしたりしちゃいけないなどまさに権力者を縛る憲法」

結構はっとするところがある。これまでの不勉強を恥じざるを得ない。

日記193 不穏な雰囲気

昨日のアメリカの市場はダウで77ポイント下落、ナスダックもS&Pも同様に下げています。先月はじめに、FRB議長の金融緩和政策の見直し報道が流れると下落し、その後「当分続く」と期待すると買いが増え株価は上がるなど、乱高下を繰り返し、平均して下げ基調のようです。日本でも同じように上り下がりを繰り返しつつ、下げ基調のは同じです。株から逃げていったマネーが普通だったら比較的に安心の国債に向かうはずが、そうならずに金利が上がり、政府や日銀の思いとはちょっと違った不穏な動きを市場はしています。

日銀は今世紀になって一度金融緩和をして円安へ誘導し、日本は輸出産業を中心に空前の利益をあげ、「いざなみ景気」という戦後最長の好景気となりました。そんな好景気があったことを知る人は少ないのですが、その理由はいわゆるデフレだったからです。ちょっと変な話ですが、円安となれば当然輸入物価が上がるので消費者物価も上がるはずですが、日本は物価が下がるデフレでした。確かに石油など一部は値上がりしました。しかし物をつくる原価はあがってもそれを一般的に価格に転嫁できて初め消費者物価は上がります。その頃の日本は、バブル以降の価格安競走に入っておりとても転嫁できる状況にはありません。特に大手の製造業や小売業と契約している下請け企業は、顔色を伺ってとても価格転嫁はできません。

そこで価格を上げられない経営者は何をやったかというと賃金を抑えることでした。日本の勤労者の約9割は中小企業で働いています。中小企業は利益の約8割を人件費に使っています。そこにしわ寄せがいきました。そこを切り詰めたわけですから、日本の多くの勤労者の賃金は下げられたことになります。当然失業者が増えたり、正規が非正規に置き替えられたりしたわけです。賃金が安くなり続ければ、消費意欲は減退します。さらに物が売れなくなり、景気が悪くなり、デフレが進むという悪循環に落ち入っているのが今の日本です。

つまり今のデフレは賃金デフレが原因なわけで。だから、安倍総裁は賃金を上げてとしきりに経営者団体に発信しているわけですね。一部企業は上がっても相対的に勤労者の消費意欲が向上するような賃金アップが可能か。どうでしょうか。うまくいかなければ、日銀も自らの信用を落としてまで賭けに出た今回、非常に危険です。

地政学的には時代錯誤の感がある安倍総裁。集団的自衛権容認や中国、韓国との対立などアメリカによかれと思ってやったことが、アメリカから釘を刺されたりしています。最近ではアベノミクスに対しても批判的なコメントがあちらのメディアから発信されだしました。不穏な雰囲気はますます強まっているように思います。

 

 

日記192 諦めずに

おはようございます。東京はいい天気です。今朝は8時から総務部門会議。国会は区割り法案の関係で混戦。委員会の日程が立ちません。そんな中で昨日、公明党さんに正式に自治体の非正規職員への手当支給を可能とするための地方自治法一部改正案の説明をしてきました。熱心に聞いていただき、進めなければならないですよねといった声もいただきました。ここまではOkeyなんです。

その後、自民党の理事さんとエレベーターで遭遇、「よろしく」と言うともうなんのことか解るほどになってます。そしたら「難しいね」「江崎さんの思いと一緒なんだけどね」とも。(_ _。)

話をした皆さんのほとんど100%が、必要なこととの認識で一緒のことが、政局になって動かない。変な世界です。でも諦めずに動くしかありませんね。

日本の未来のために・・・「もし日本国憲法がなかったとしたら」

高名な憲法学者である樋口陽一さんの本「いま「憲法改正」をどう考えるか」を読んでいると、「もし日本国憲法がなかったとしたら」という仮定の講演をした、ローレンス・ビーアさんの話があった。1995年に東京で開かれた国際憲法学会世界大会での講演の一部だ。ビーアさんはアジアの憲法の専門家である。その内容は以下のとおり。

「衆議院、家制度、貴族院はそのまま残ったと思われます。裁判所は、柔軟かつ啓発的に憲法問題を扱うことができるような広い司法権を得ることはできなかったでしょう。・・・

天皇は、主権の神秘的な中心のままで、現実政治の指導者による党派的な政治よって操られていたでしょう。・・・

要するに、国体は、国家の基本として、また、言論の自由やそのほかの精神的自由を厳しく制限し、国家に対する絶対的服従を要求するための基礎として維持されたでしょう。・・・弁護士は、人権侵害事件を扱うのに臆病になっていたかもしれません。なぜなら、そのような事件の弁護をするのには、経済的にバカげているばかりか、政治的には危険であったからです。

地方政治は、大地主によって支配されていたでしょう。・・・

日本はアジア有数の軍事国家になったでしょう。そして、韓国人の日本に対する強い憎しみは、両国の同盟国であるアメリカと日本の関係を複雑なものとしたでしょう。・・・

日本は戦術的及び戦略的核兵器を保有したでしょう。若者には、天皇のために何年も奉仕することが義務づけられ、日本列島は、軍事基地にあふれ、最新兵器が配置されていたでしょう。・・・

政治的暗殺がしばしば起きたであろうと考えられます。そのような殺人の大部分は、超国家主義者かヤクザによってなされたでしょう。被害者は、国家政策を批判したり、国体に敬意を示さない政治家、大学教授、弁護士、社会評論家、労働運動指導者そして新聞記者であったでしょう。公衆は、そういったことを快く思わないでしょうが、暗殺の動機が「誠」に基づいているとみれば、暗殺者に対して寛大であったでしょう。・・・

日本人はアジア人と考えられたくないので、他のアジア人を見下したでしょう。それにもかかわらず、世界は、日本人をアジア人としてみたでしょう。・・・

こうした50年のシナリオはあり得べからざることだと思われるかもしれませんが、実際に起こったことは、それ以上にあり得ないようなことだったのです。」

引用したあと樋口さんは、「憲法が日本国の基本法となり、そうあり続けてきたことによって「実際に起こったことは」は、もし憲法が無かったら「あり得ないようなこと」だった、というビーアの認識は、大筋で当たっていた」と評している。

憲法改正自民党草案を「馬鹿げた代物」と片付けるわけにはいかない。「個の確立」を基盤とする現代民主主義(それが西洋から輸入されたものであろうとも)に対する確信的挑戦であることを肝に銘じておかなければならない。でなければいつかとって代わられる。戦後民主主義によって培われたはずの個々の力が試される時代に入った。

日記191 ユニフォームは来たものの。

昨日のサッカー日本代表の対ブルガリア戦、結果は完敗だった。しかし内容はそんなに悲観することもない。むしろ負けたことで本番のオーストラリア戦に良い影響を及ぼすはずだ。さて豊田スタジアムのピッチで代表が着ていた同じユニフォームが届いた。それがこれ。今度は背番号9。昨日の試合では出ていなかった代表では岡崎の番号だ。

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日記184で書いたように、このユニフォームを着て国立競技場のピッチに立つはずだった。韓国国会議員チームとの第8回の親善試合の開催である。ところがところが、突然、またも試合が延期になったのだ。つまり議員諸氏の訪日取りやめである。理由は説明されていないが、恐らく靖国への集団参拝や安倍総理、高市議員、とどめは橋下市長の発言にあるだろうことは簡単に想像がつく。

隣同士の国なのになぜもこうもうまく行かないのだろう。もちろん責任は、国際感覚の麻痺した復古主義の政治家の行動や発言にあるのだが・・・。

また使わないユニフォームが我が事務所の壁飾りとなった。

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読売新聞へ。

原発や金融緩和などの自民党政策寄りの論調が目立つ読売新聞だが、今朝は「民主 またバラマキ」?の見出しで、民主党の政策を非難した。

そのバラマキとして指摘する民主党政策の最初に、一昨日提出した自治体の非正規職員への手当支給を可能とする「地方自治法改正案」をあげている。あげくに「選挙で自治労の協力を得るためだ」と書かれたのでは、情けなく、声も出ない。どうしても読売は政局にしたいらしい。

記事を読むだろう全国数十万の非正規労働者はどんな思いをするだろうか。そのことにも記者や編集者は思いをめぐらして欲しいものだが。

自治労を含む公務員労働団体がこのことに積極的に取り組むのは、官製ワーキングプアと呼ばれ厳しい労働環境に放置されたままの多くの人々の声なき声があるからだ。仮に法案が成立しても自治体が条令を整備しなければ、手当は支給できない。派遣や非正規を雇用の調整弁や安価の労働力として増やし続ける私企業と同じように、全国の自治体もその目的で非正規を増やしてきた。しかし私企業の非正規の場合は、パート労働法や雇用契約法などの整備により、法的には正規職員との均衡等の考えが確立している。しかし自治体の非正規にはこれらの法律は非適用とされ、法の考えを享受することができない。

こんな状況を放置したままでいいのだろうか。良くないに決まっている。むしろ公の機関だからこそ人間の尊厳を大事にした働き方を押し進める義務があるのではないか。これこそが社会正義ではないか。

これをバラマキ政策と論じる読売の姿勢は看過できない。加えて選挙目当ての政策と指摘されては読売の報道方針に「社会正義」はあるのかと問いたい。長いこと放置され続けてきた人々の苦痛の声は、「少しでも良くなるならば、早く改善して欲しい」と切羽詰まっている。その声に応えようと野党の足並みが揃っただけだ。これが1年前だったらこうはいかなかっただろう。それだけ官製ワーキングプアの問題が国会の中に浸透したのだ。

本質を見抜き、社会正義を後押しするマスコミであって欲しい。何でもかんでも政局にするのはもううんざりだ。